古代中国の非凡な医術 生死さえ予知した名医(3)

趙銓は字(あざな)を仲衡と言い、高唐県(現在の山東省)の出身だった。彼は、飾り気がなく温厚で、医学に精通し、国子監(隋以降、近代以前の最高学府)に学士として入学した経験があった。
2022/02/16

古人の知恵「過ちを正せば、運命は変わる」

明(みん)の時代のことです。 今の江蘇省江陰市にあたる場所に、張維彦という人がいました。まだ年は若いですが、文章がよく書けるので地元ではよく知られていました。
2021/11/19

明開国の元勲 劉伯温の予言

元時代から明時代にかけて、江南の海寧に賈銘(1269年頃〜1374年頃)という富豪がいました。賈銘は字は文定と言い「華山の老人」と名乗っていました。 元の時代には、「萬戶」という軍事的地位を持っていたため、「賈萬戶」とも呼ばれていました。
2021/07/21

天文観測で部下の災難を予知した永楽帝

古代の中国人は天文現象の理論を信じています。皇帝に情報の参考を提供するため、朝廷では天文現象の変化を報告する「欽​天監」 (きんてんかん)などの専門役人がいました。皇帝の中には、自ら天文理論を学ぶ者もあり、永楽帝(えいらくてい)がその一人でした。
2021/06/12

張三丰から恩恵を受けた学生と老人

明の時代の仙人である張三丰は、世間で数多くの奇跡を起こし、多く王族や貴族、権利者が彼に会いたがって、相次いで招待状を送りました。しかし、縁がなければ、例え目の前に立っていてもその人が誰なのか分からないものです。縁があれば、常に人にやさしく接し、他人を思いやれる人は、いずれ仙人から恩恵が授かるでしょう。
2021/05/28

情けは人の為ならず

中国明朝の時代、永豊というところに羅倫という人がいた。羅倫が科挙を受験しに上京して行く途中、羅倫に付き添ってきた従僕が金の腕輪を拾った。しかし従僕はその事を主人には黙っていた。そのまま羅倫たちは北京へ向かっていたが、出発して5日後、羅倫は自分たちの旅費が不足していることに気づいた。
2018/04/11

隣人の家を騙し取った男

現世で持っている富や地位は、前世で徳を積んだから。ただし、悪事を働いてそれらを得た人には、相応の報いと災難が待っています。悪事とは、盗み、利己、悪事のそそのかし、嫉妬など。人間の行動も、心に萌した念も、すべて天から見られているというお話です。
2017/11/05

衝撃の現代史 20世紀で犠牲者最多の殺人とは?

ガンからコレラなどの病気、地震や津波などの自然災害まで、20世紀に多くの人々を死亡させた出来事は何だろうか?
2017/04/09

天安門の毛沢東肖像画から見る「中国最大カルト」とは?

中国最高人民法院(最高裁)と最高人民検察院(最高検)は1月25日、「邪教(カルト)組織」を定義する『刑法』第300条の新司法解釈を共同で公布した。いっぽう、中国共産党政権が定めたカルト組織の定義から見ると、実に中国共産党こそが国内最大なカルト組織だと見て取れる。これは中国5千年「敬天(お天道様を敬う)思想」が凝縮された600年の歴史を持つ天安門に、毛沢東の肖像画を掛けるという個人崇拝の行為も証明している。
2017/02/05

中国伝統文化への誘い(八) 明

 【大紀元日本1月27日】 なんで「ミン」なの 日本語による漢字の音読みは呉音、漢音、唐音と、それが日本に伝わった時の字音によって、同じ漢字でもずいぶん異なります。 明という字を書いて「ミン」と読み、
2012/01/27

清廉な官吏・楊鼎の座右の銘≪十思≫

 【大紀元日本12月30日】清廉にして徳を守り、貧に安んじ道を楽しむは、人の美徳だ。中国では歴史上、清廉で徳を守り、貧に安んじ道を楽しむ賢人は、数多く見られ、明代の楊鼎がその一例である。 楊鼎は、明朝
2007/12/30

【風雲人物伝】台湾の武勇「鄭成功」

 【大紀元日本7月28日】鄭成功(1624-1662年)は、元の名を鄭森という。明の隆武帝は彼を賞賛してやまず、御営中軍都督に封じ、国姓の「朱」姓を賜った。しかし彼は恐れ多いと、名だけは成功と改め、後
2007/07/28