中国 事故現場から消える傷者と説明されない搬送

救急車が怖い国 中国で何が起きているのか

2026/02/02
更新: 2026/02/02

事故の直後に現れ、何も説明しないまま人を連れて行く救急車。中国各地で、そんな光景に対する不安が急速に広がっている。なぜ人々は、命を救うはずのサイレンに身構えるようになったのか。

きっかけとなったのは、ネット上で拡散された複数の映像だ。武漢では、交通事故の直後、警察の姿が見えないうちに救急車が到着し、負傷者を短時間で搬送していった様子が撮影された。そしてその翌日、四川省成都でも、よく似た状況を捉えたとされる動画が流れた。いずれも事故直後に救急車が現れ、現場で十分な説明がないまま負傷者が連れ去られている。

現場を目撃した市民は、救急車の車体側面に病院名が見当たらず、後部にも本来あるはずの識別表示が確認できなかったと語っている。しかし、その場で誰かが止めに入ることはできなかった。負傷者は対応に追われ、周囲の人々もトラブルを恐れて見ているしかなかった。救急車はそのまま走り去り、その後、搬送先や経緯について公式な説明は示されていない。注目を集めたにもかかわらず、続報が出ない点も、不信を強めている。

こうした不安が膨らむ中、中国のネット上では、事故を装って人を連れ去るのではないかという見方まで語られるようになった。意図的に交通事故を起こし、救急搬送を装って待機していた車両で負傷者を連れ去り、その後、臓器を抜き取られて売られるのではないかという疑念だ。事実として確認されたものではないが、そう直感する人が少なくないほど、社会の警戒心は高まっている。

こうした疑念が生まれる背景には、各地で相次ぐ未成年者の失踪事件がある。四川省では今年1月、15歳の少年が自宅から突然姿を消したケースが注目を集めた。少年は家にカバンや携帯電話を残したままで、外出した形跡は確認されていない。家族が目を離したごく短時間、しかも一人で留守番をしていた時間帯だったとされるが、その後の詳しい経緯について当局から明確な説明はなされていない。

こうした事例が重なる中、ネット上ではさらに踏み込んだ推測も語られるようになった。学校や地域で行われる健康診断や採血、血液型の登録、身分証情報の収集などを通じ、失踪した子どもたちの身体データはすでに把握されているのではないかという見方だ。そのうえで、臓器を必要とする人物と条件が合致した段階で、こちらから連れ去りに来たのではないか、という疑念が広がっている。当局がこうした疑念を打ち消す具体的な説明を示さないことが、見方を否定できない空気を生んでいる。

市民の警戒をさらに後押ししたのが、インフルエンサーたちの呼びかけと体験談だ。彼らは「見知らぬ人が手配した救急車には決して乗るな。自分で病院へ向かうべきだ」と警告し、不可解な搬送の実例を挙げて注意を促している。この呼びかけは多くの共感を集め、「救急車に乗ること自体が怖い」という声が広がるきっかけとなった。

救急車は本来、命を救うための存在である。その救急車を見て、人々が安心するどころか警戒する社会は、明らかに異常だ。説明のない搬送、記録の残らない事故、そして繰り返される沈黙が、不信を積み重ねてきた。

市民はさらに思考を進める。通常、反体制派の人物や民主活動家、あるいは地方政府の不正を中央に訴える陳情者であれば、どこにいようと中国の警察は即座に察知し、居場所を特定できるとされてきた。赤信号で横断歩道を渡れば、後日、罰金の通知が届くと報じられる国でもある。かつて中国の警察は「7分あれば全国どこにいても個人を特定できる」とメディアに対して豪語していたことも知られている。

それほどの監視体制を持つ国家で、なぜ子どもを含む失踪者は見つからないのか。なぜ捜索は進まず、なぜ説明はなされないのか。なぜその時に限って、監視カメラは沈黙し、記録は見えなくなるのか。

この疑問について、米国の中国問題専門家であるゴードン・チャン氏は、「それは中国共産党の暗黙の了解があるからだ」と指摘している。

警察を含む国家機関が直接の共犯者なのか、それとも意図的に動かないという形で協力しているのか。その違いはあっても、体制の下にある組織が結果的に機能していないという点に変わりはない。監視国家で「見つからない」のではなく、「見つけないという選択がなされているのではないか」。市民の中には、そう結論づける者も少なくない。

李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!