台湾で初 臓器移植の違法あっせんで医師免許取り消し

2026/06/04
更新: 2026/06/04

台湾で肝移植の権威として知られ、中山医学大学附設病院の副院長を務めた陳堯俐が、台湾の患者9人を中国本土での臓器移植にあっせんし、違法に1466万台湾ドルの利益を得たとして、裁判所から懲役2年、執行猶予5年の判決を受けた。台湾衛生福利部はこのほど、陳の医師免許を取り消すことを決定した。台湾で、違法な臓器移植の仲介を理由に医師免許が取り消された初の事例となった。

台湾衛生福利部の石崇良部長は6月2日、陳が「人体器官移植条例」に違反したため、医師免許を取り消したと明らかにした。これにより、陳は医師として業務を行う資格を永久に失い、台湾医師国家試験を再受験することもできなくなった。

台湾国際器官移植関懐協会の黄士維副理事長は、この処分は国際的な医療倫理の基準から見ても妥当だと指摘した。

黄氏は「医事審議委員会がこの判断を下したことには、大きな道徳的勇気がある。この事案は医学倫理に著しく反するものだ。陳医師については、これまでも複数回、(臓器移植をあっせんしたと)指摘されていた。もし同様のことが欧米諸国で起きていれば、各国の保健当局も同じ処分を下しただろう」と述べた。

裁判所によると、陳は2016年から2019年にかけて、他の関係者とともに患者9人を中国本土に渡航させ、肝臓や腎臓の移植を受けさせた。これにより、1466万台湾ドルの利益を得たという。移植を受けた患者のうち複数人は、手術後数年以内に死亡していた。陳が中国での臓器移植に関わった記録は、早くも2008年前後にまでさかのぼる。

彰化地方裁判所は、陳の行為について、医学倫理に著しく反するだけでなく、「人体器官移植条例」が定める医療従事者による臓器移植の仲介禁止にも違反すると判断した。その上で、懲役2年、執行猶予5年とし、国庫に500万台湾ドルを納付するよう命じた。陳は控訴しなかった。

台湾華人民主書院の曽建元理事は、中国の臓器移植産業は長年にわたり発展してきた一方、深刻な人権・倫理上の問題を抱えていると指摘した。今回の判決について、台湾の司法と関連機関が、医師による臓器取引への関与を一切容認しない姿勢を示した点で重要な意味があると述べた。

曽氏は「改革開放以降、多くの台湾人が中国本土に渡り、臓器移植を受けていた。刑務所に入り、移植の対象となる死刑囚を選ぶことさえできた。これは私自身が目にしたことだ。こうした状況は、医療倫理の深刻な崩壊を招く。さらに、臓器の供給源として、法輪功学習者やウイグル人など、特定の集団が対象にされてきたことも知られている。これはジェノサイドの問題にも関わる。中国本土全体が、まるで人間を売買する市場のようになってしまっている」と述べた。

注目されるのは、判決書で、陳が患者を中国に仲介した移植先として「青島大学附属医院」と「中南大学湘雅三医院」が挙げられている点だ。この2つの病院はいずれも、海外の調査団体「追査国際」から、強制的な臓器収奪疑惑の重点調査対象とされてきた。

また、陳は患者に同行していなかったものの、一部の移植手術の期間中に中国を訪れ、手術室に入って指導していた。

台湾では2015年、違法な臓器移植の仲介が刑事罰の対象に加えられた。しかし、陳はその後も患者を中国に渡航させ、移植を受けさせていた。

黄氏は「中国本土における臓器の供給源には、以前から大きな問題がある。陳は台湾の医師であり、台湾の倫理規範に従う立場にある。海外での移植に医師が関わる場合、倫理上、いくつかの原則が求められる。第一に関与しないこと、第二に臓器の出所を確認することだ。医師には独立して確認する義務がある。第三に、臓器の出所について根拠を示し、(患者に)説明し、記録を残した上で、必要に応じて通報することも求められる」と述べた。

長年にわたり、国際人権団体は中国の臓器ドナーの透明性に疑問を呈してきた。一部の病院では臓器の待機期間が異常に短いとされ、外部の疑念をさらに強めている。

曽氏は、国際社会が統一した規範を構築し、国境を越えた臓器移植に関する司法管轄の抜け穴をふさぐべきだと訴えた。

同氏は「国境を越える犯罪では、司法管轄の問題があり、そこに抜け穴が生じている。犯罪が自国ではなく中国本土で行われた場合、多くの国は見て見ぬふりをしてしまう。そのため、この市場は世界規模に広がっている。世界保健機関のような枠組みで国際的な規範を作る必要がある。台湾が今回行ったように、合理的な規範に違反した医療機関に対して業務停止や免許取り消しなどの処分を科すことで、初めて問題を根本から解決できる」と述べた。

中共による強制的な臓器収奪疑惑をめぐり、国際社会が追及を続けるなか、台湾で初めて医師が臓器移植の違法仲介を理由に免許を取り消された。今回の事案は、医療界に対し、法律と倫理の明確な一線を示すものとなった。