「中国で組織的なドーピング」代表チーム元医師、書籍出版へ

2022/01/09
更新: 2022/01/09
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長年中国代表チームの医師を務めていた薛蔭嫻氏の日記を基に、中国のスポーツ界に蔓延するドーピングの実態について記録した書籍『中国の禁止薬物』は近く出版される。本を執筆した薛蔭嫻氏の息子、ドイツ在住の楊偉東氏が、米国営放送ラジオ・フリー・アジア(RFA)のインタビューに応じた。

「中国はオリンピック精神に反している。組織的なドーピングを行っている」。北京冬季五輪を来月に控えるなか、楊氏は本の出版を決意したという。

母親の薛氏は、中国のスポーツ界は1978年以来、組織的にドーピングをはじめたと主張している。

当時、国家体育委員会副主任だった陳先氏は1978年10月11日、国家体育委員会訓練局医療部の会議で、初めてドーピングを指示した。バスケットボール代表チームの医師だった薛氏はこの会議に出席した。

1970年代後半から1980年代前半にかけて、国際大会で連覇を果たした中国女子バレーボールチームは、1980年から薬物の使用をはじめた。

1982年発行の中国スポーツ誌「体育科学」に、当時中国女子バレーチームの医師だった羅維絲氏が、アスリートの鉄剤摂取に関する論文を2本発表した。羅氏は同論文で、チームの郎平選手も鉄剤を摂っていると明言した。

楊氏によると、一般人の鉄分摂取量の上限は1日10〜15マイクログラムだが、当時の中国選手の毎日の摂取量は600〜800マイクログラムに達した。数年後に健康被害が起こるはずだという。

禁止薬物を最初に使ったのは、卓球、重量挙げ、陸上、水泳の代表チームだった。

薛氏は1978~85年まで、国家体育委員会訓練局医療部の医療監督チーム長を務めた。その証言では、アスリートたちは薬物の副作用に苦しみ、頭痛や体中の痛みに襲われたり、本来なら発生しないはずのケガを引き起こしたりした。毎週、各チームの医師が発生した問題を薛さんに報告し、薛さんは「仕事日記」に記録していた。

1980年代の体操男子代表チームの李東華選手は、ホルモン剤を1カ月間飲み続けたところ、トラブルが発生した。バク転して着地したとき、両足のアキレス腱が断裂した。薛氏は、ホルモン剤の影響で血管の壁が脆くなり、ちょっとした衝撃で損傷し、アキレス腱が切れてしまったとみている。

2008年の北京オリンピックで、男子陸上の劉翔選手はアキレス腱のケガで競技続行を断念した。李東華選手と同じ理由でアキレス腱が断裂したと薛氏は推測した。

薛氏は在任中、ドーピングに反対していた。楊氏は母親を突き動かしたのは医師としての職業理念だと語った。当時の薛氏は、「ドーピングをしたアスリートたちには、何十年も経ってから体にダメージが現れる」とその副作用を懸念したという。

当時、ドーピングに反対する関係者はほかにもいたという。1984年ロサンゼルスオリンピックを前に、中国体操競技部のヘッドコーチ、宋子玉氏が同部のドーピングを止めていた。宋氏はその後、解任されたという。

薛氏は1998年まで代表チームの医師を務めた。2012年に初めてドーピングについて非難の声を上げると、息子とともにドイツに亡命した。

(翻訳編集・叶子静)