まもなく「天安門事件」34周年 中共の最も「センシティブな日」に思い出す流血の記憶

2023/05/23
更新: 2023/05/26

1989年6月4日は日曜日であった。そのため、前日である3日夜から4日未明にかけて、北京・天安門広場を中心に起きた流血の大惨事について、1905年にロシアのペテルブルグで起きた歴史的事件にちなんで「中国の血の日曜日事件」と呼ぶメディアもあった。

そして2023年の今年。34年前の89年六四天安門事件と同じく、まもなく迎える6月4日は、くしくも日曜日である。

中国当局にとって、最もセンシティブ(敏感)な日といわれる「六四」が、いよいよ近づいてくる。1989年のその日、北京中心部の天安門広場およびその周辺で何があったにせよ、今の中国において、それを語ることを中国共産党は許していない。

創刊の祝いで「64」を避ける香港紙

中国では毎年、6月4日の前後になると重点的な検閲が行われている。

六四天安門事件につながる「64」や「89」の数字をはじめ、「学生」や「戦車」など、少しでも事件を連想させるような言葉は完全に禁句となる。こうした言葉狩りをはじめ、関連画像や、関連する名称などを含む投稿は、すべて自動的に拒否されるのだ。

中国には、毎年の定番ネタとして「なぜか、64元の送金ができない」という、なかなか真実を突いた冗談がある。あきれ返るほどの当局の恐怖症ぶりだが、この時期は、確かにそのような異様な空気になるのだ。

今年の「6月4日」が近づくなか、今月20日に「創刊64周年」を迎えた香港紙「明報」は恒例行事の創刊祝賀イベントで、まさに保身ともとれる異例の行動を見せた。

なんと「創刊64周年」であるのに、祝賀広告ではその「64」という中共の敏感ワードには触れず、64を飛び越えた「65周年に向けて」という言葉で代用したのだ。10年前の54周年を迎える際の広告では、当然ながら「創刊54周年」という言葉が使われている。

中国共産党のタブーを忖度し、その神経を逆なでしないよう努めたのだろう。そんな「明報」の、あまりに小心な姿を「かえって痛ましい」とする声もSNSなどで広がっている。

1959年に創刊された香港紙「明報」は、かつて文革期には中国共産党に批判的な論調を展開していた。

しかし、中共の強権統治が強まる現在の香港では、たとえ「明報」のような古参メディアであっても「中立的」にならざるを得ない。今回の「65周年に向けて」も、そのような「明報」の微妙な立場を反映したものと見られている。

各国で進む「64追悼集会」の準備

89年の天安門事件から34年経た現在も、真の「自由と民主」を求めて平和的に抗議する市民に対し、中国共産党の残忍な弾圧は続いている。

中国当局は、あらゆる手段を講じて、あの日北京で起こった凄惨な事件の記憶を消し去ろうと躍起になっているのだ。

しかし、天安門事件の記憶は、もちろん内外の人々の脳裏から消えていない。同事件の犠牲者を追悼する集会は毎年恒例のものとなり、世界各地で行われている。

米カリフォルニア州にある「自由彫刻パーク(Liberty Sculpture Park)」に灯された巨大な「64」の文字の作品。

この作品は、2年前に中国共産党によって破壊されたが、ボランティアの手によって修復された。(画像は同パークの責任者を務める在米の彫刻家・陳維明氏のツイッターより)

米ニューヨーク・フラッシング図書館前に展示された、天安門事件で犠牲になった民主化運動の参加者を追悼する記念像「国恥の柱」の写真が入った巨大横断幕。

この横断幕には、英語で「Pillar of Shame(国恥の柱)」、中国語で「六四屠殺(64大虐殺)」の文字が書かれている。

「国恥の柱」はデンマーク人の彫刻家イェンス・ガルシュット氏が手掛けたもので、中国共産党によって拷問され、苦悶(くもん)の表情を浮かべる50人の体が積み重ねられたデザインとなっている。

この写真の元となった彫刻は、高さが約8メートルあり、1997年の中国返還のときに約束された「香港の自由」のシンボルとして、香港大学のキャンパス内に20年以上設置されていた。しかし2021年末に、香港警察によって撤去されている。

李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!
鳥飼聡
二松学舎大院博士課程修了(文学修士)。高校教師などを経て、エポックタイムズ入社。中国の文化、歴史、社会関係の記事を中心に執筆・編集しています。
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