トランスジェンダートイレ利用訴訟、国が逆転敗訴 公共トイレ利用に「触れない」=裁判長

2023/07/12
更新: 2023/07/11

戸籍上は男性で、性同一性障害と診断された経済産業省職員が、女性トイレの利用を不当に制限されたとして国を訴えた訴訟で、最高裁判所は11日、利用制限を認めない判断を下した。いっぽう、今崎幸彦裁判長は本判決が利用者がある程度限定された職場などのトイレに関するものであり、不特定多数が使用する公共トイレのあり方に「触れるものではない」と指摘した。

最高裁は判決で、原告の血液中の男性ホルモン量は少なく、「性衝動に基づく性暴力の可能性が低い」という医師の認定に言及、トラブルは想定し難いと判じた。さらに、女性職員が違和感を抱いているとの記述は主観的であり、「明確に異を唱える職員」がいなかったとして、控訴審を破棄した。

女性職員の違和感

訴えを提起した50代職員は戸籍上は男性だが、ホルモン治療を受け、女性として生活している。判決文によると、原告は幼少の頃から自己の性別に違和感を感じ、1998年頃から女性ホルモンの投与を受け、99年には医師より性同一性障害の診断を受けた。2008年頃からは女性として私生活を送り始めた。性別変更に必要な性別適合手術は健康上の理由で受けなかった。

原告は2009年7月、上司に対し自身の性同一性障害を伝え、同年10月に女性の服装での勤務や女性トイレの使用を要望として伝えた。経産省は2010年7月14日、本人の了承を得た上で、部署内の説明会を開き、女性トイレの使用について意見を求めた。

原告による女性トイレの使用をめぐって、「数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えた」という。また、日常的に女性職員が使用しているトイレを避けるため、2つ離れた階のトイレを使うよう要求した。説明会の翌週から、原告は女性の服装で勤務し、離れた女性トイレを使用し始めたが、トラブルはなかったという。

男性ホルモンの量

判決文で確認された事実によると、原告の血液中の男性ホルモン量は同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っており、医師から「性衝動に基づく性暴力の可能性が低い」と判断された。

最高裁はこれについて、「女性の服装等で勤務し、本件執務階から2回以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルは生じたことはない」と認定した。その上で、原告が「女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかった」と判じた。

原告の男性が性同一性障害であるとの診断を受けているにもかかわらず、男性トイレか離れた階の女性トイレの使用を余儀なくされていることについては、「日常的に相応の不利益を受けている」と指摘した。

最高裁の判断

最高裁は女性職員らが異を唱えなかったこと、トラブルの発生が予見し難いことなどを踏まえ、原告にトイレ使用にかかる「不利益を甘受させるだけの具体的事情は見当たらなかった」と綴った。その上で、人事院の判断は「他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するもの」であり、著しく妥当性を欠くものだったと判じた。

一審の東京地裁判決(2019年12月)では、経産省の判断は原告の法益を制約しているとして、人事院の判定を違法と判断した。いっぽう、上告審の東京高裁判決(2021年5月)は、女性職員の性的な不安を考慮し、政府には全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を果たすための対応だったと認めた。

最高裁が控訴審判決を破棄したため、原告側の訴えが認められたこととなる。

裁判長「トイレのあり方触れるものではない」

最高裁の判決は、第三小法廷の5人の裁判官の全員一致の意見となったが、それぞれ補足意見を付した。

宇賀克也裁判官は、性別適合手術には生命及び健康への危険が伴うため、体質的に手術を受けられない場合には、「可能な限り、本人の性自認を尊重する対応をとるべき」だと指摘した。女性職員が抱く違和感や羞恥心は「トランスジェンダーに対する理解」が不十分であることに起因するもので、研修で「相当程度払拭できる」とした。

長嶺安政裁判官は、経産省は女性職員が抱く違和感が時間経過とともに解消されたか否かを調査すべきであり、原告に課した制約について、適宜見直しをすべきだったと記した。

渡邉惠理子裁判官は、原告の行動様式や外見などが女性として認識される度合いが高いため、性別適合手術の実施に固執することなく、女性職員らの理解を得るための努力を行うべきだと指摘した。また、女性職員らが異議を述べなかった理由は多岐にわたると考えられると指摘した。

林道晴裁判官は渡邉惠理子裁判官の補足意見に同調した。

裁判長を務めた今崎幸彦裁判官は、経産省当局の一連の対応の評価が本件事案の核心であると指摘した。トランスジェンダーに配慮することは必要だが、自由にトイレを使用することを無条件に受け入れるコンセンサスは日本社会になく、今後の事案の積み重ねを通じて指針や基準が作られていくべきだと記した。そして、「本判決は、トイレを含め、不特定または多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべきである」と綴った。

政治・安全保障担当記者。金融機関勤務を経て、エポックタイムズに入社。社会問題や国際報道も取り扱う。閣僚経験者や国会議員、学者、軍人、インフルエンサー、民主活動家などに対する取材経験を持つ。
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