<寄稿>中国主導のEVシフトの限界が見えた 内燃機関の逆襲?

2024/01/06
更新: 2024/01/05

EV電気自動車)は自動車産業の主役になるかーー。このような議論が最近盛んだ。それは中国の自動車産業とEV生産の急成長と共に語られる。私の個人的な意見だが、EVは自動車産業で重要な位置を占めるだろうが、すべてがそれに置き換わることはないだろう。内燃機関も燃料も進化しているためだ。

ハイブリッド車を進化させた日本勢

「EVの時代」と言われても、日本では実感しない人が多いかもしれない。日産のEV「SAKURA(サクラ)」などヒットするモデルも出ているが、生活の中でEVが身近になったと感じる人は、購入などをしない限り少ないだろう。外見上、既存のガソリン車とEVは大きく変わらない。

日本ではすでにEVの一種である電動と内燃機関を状況で使い分けるハイブリッド車(HV)が売れ、定着している。トヨタが1997年に初代「プリウス」を発売して以来、他メーカーも追随して、高級車から軽自動車まで多様な車種でHVが作られ、今では国内の新車販売の半分を占める。

HVは価格もわずかにガソリン車よりも高いだけだ。同クラスの大きさのガソリン車より、大幅に高価なバッテリー駆動の電気自動車(BEV)を、ユーザーが選ぶ理由は乏しいかもしれない。

加熱ブーム 落ち着き始める

ここ2、3年は米国のテスラ、BYDをはじめとする中国の新興自動車メーカーのEV販売の活動が目立ち、世界で売れた。しかし私は一種のブームでやがて落ち着くだろうと予想していた。そして、その予想通りになりつつあるようだ。

ホンダとGMは2023年10月にEV共同開発の見直しを発表、同月フォードもEV工場の稼働抑制を発表した。

各国の政治でも動きがある。欧州議会は23年3月、2035年からガソリン車などの内燃機関を搭載した自動車の新車販売を禁止する決議をした。しかしドイツなど自動車産業のある国の反対で、二酸化炭素の少ない合成燃料を使う車は容認した。大きな抜け穴ができたのだ。内燃機関の活用は、今後も続く可能性がある。

EUから離脱した英国でも、リシ・スナク英首相は同年9月に、内燃機関車の新車販売禁止を、それまでの目標であった2030年から5年遅らせ、2035年にすると発表した。

補助金減額など、逆風が各国でEVに

そして欧州や中国で電動車への補助金が減額・廃止され始めた。ドイツでは22年末にプラグイン・ハイブリッド車(PHEV)に対しての補助金が廃止され、BEVへは6割程度に減額された。来年末には全ての補助金が廃止される予定だ。中国政府の補助金は、昨年末に全てが廃止された。

米国の多くの州では、原則米国製EVのみに補助金を出している。23年9月にはフランスがEVの補助金を欧州車に限定する方針を打ち出し、他国も追随する構えだ。中国企業を締め出すものだ。ガソリン車より価格が高くなりがちなEVの販売にも影響を与えるだろう。

そして、このEVブームを牽引した、中国メーカーも方針の転換を迫られている。中国の自動車産業に詳しい商社マンによると次のような問題があるようだ。「『スマホのようにEVを買い換える』といわれるほど中国国内ではEVの売買が多い。廃棄が多く、社会問題になりつつある。また中国の場合には、電力はまだ石炭火力が中心で不足気味だ。使う電力は『グリーン』とは程遠い」という。

そして自動車産業を技術で牽引し、消費の中心となっているのは、まだ欧米と日本だ。そして、それらの国々にある自動車メーカーだ。中国が、それらの国々と政治的に対立する中で、中国メーカーのこの分野での発展は難しくなるかもしれない。

またBEVは、収益性が商品として悪いようだ。ここ2−3年はEV市場の拡大を牽引したが、その伸びにもかげりがある。中国のBYDなど、各メーカーはコンセント充電できるPHEVやハイブリッド車の開発・販売を今年から始めている。

トヨタ会長、EVの過剰評価を疑問視?

ここ数年のEV、特にバッテリー搭載型(BEV)のブームは一服しつつある。

トヨタ自動車の豊田章男会長は電気自動車(EV)の需要現象について、人々はようやく電気自動車の現実に目覚めつつあると述べた。写真は2021年12月撮影 (Photo by BEHROUZ MEHRI/AFP via Getty Images)

2023年10月のジャパンモビリティショーで、トヨタ自動車の豊田章男会長は、「カーボンニュートラルの達成という山を登る方法はたくさんある」と述べ、ハイブリッド技術や水素技術に資金を投じる同社の自動車開発での全方位戦略の正当性を強調した。そしてこの言葉はEVに過度に関心の向いたメディアや消費者に、柔らかい調子だが反論をするという意味もあるだろう。

生産が制約される可能性

もちろんEVを否定するつもりはない。化石燃料の内燃機関と違って温室効果ガスである二酸化炭素を運転の時に出さないなどの多くの長所がある。しかし短所も応分にある。

特に電池(バッテリー)が問題だ。列挙すると、材料としてのレアメタルの供給量不足、製造価格の高さ、製造時のエネルギーや資源の消費の多さ、急速充電などによる電池の性能劣化などの課題を乗り越える必要がある。

充電だけで動くBEVの場合は中型車で、搭載電池容量は最近の車では関連機器も含めると重量は1トン以上、HVに比べて約60倍の容量となる。電池費用だけで200万円を超える。そのため車両価格が安くならず、補助金がないと購入は厳しい。そして電池はレアメタルを大量に使って作られる。EVが今後、増産した場合には、今でも少ないレアメタルの供給問題が深刻になり、製造が制約されてしまうだろう。
 
そして既存の自動車をめぐる技術も進化している。一つが燃料だ。太陽光などの再生可能エネルギーによってつくられた燃料を「eフューエル」と称し、気候変動対策に使おうとする動きがある。植物由来のバイオマス燃料、原子力発電から作る水素などもある。これらは高コストであり、供給に限界があるなどの課題があるが、商業化の研究が進んでいる。

HVの技術も向上し、製造からのライフサイクルで考えると、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量では、HVはBEVよりも少ないとの試算が多い。

中国、欧米からの再挑戦に日本企業は競い、勝て

1990年代末に日本を訪れた米メディアに勤める自動車担当のイタリア人記者に日本の産業を説明し、意見交換をしたことがある。その時、こんなことを言われた。当時は日本の自動車産業は、他国を圧倒していた。

「自動車はイタリア人が100年、開発してきた機械だ。ハイブリッドも先を越されてしまった。日本が自動車産業で存在感を増すのは、イタリア人として不愉快だ」。

自動車を商品化したのはドイツ、オーストラリアの会社だ。しかし今でもイタリアにはランボルギーニ、フィアット、アルファロメオなどの自動車メーカーがある。欧米の国々の人は、このように自動車に思い入れを持つ中で、後発ながら良い車を作り、世界でビジネスの勝負をして成功した日本の自動車メーカーの人々の苦労と有能さを、このイタリア人の嘆きを聞きながら思った。

ところが2023年になり、日本の自動車産業は、後発国の中国、また欧米メーカーに挑戦されている。特にEVでの競争を仕掛けられている。まだビジネスのルールを変更されてしまった状況にはない。しかしその恐れはある。日本の自動車メーカーの優位性を活かす状況づくりを産業も、そして日本政府も考えるべきであろう。

もちろんEVを否定するつもりはない。しかし前述の豊田会長の発言のように、それだけが解決策ではない。そして自動車産業では、さまざまな問題を抱えるEVが主役となる可能性は少ないと思う。

モビリティ分野のカーボンニュートラルの実現が、自動車産業に求められている。ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリット車(PHEV)、バッテリー電気自動車(BEV)、水素燃料による電気自動車(FCEV)、カーボンニュートラル燃料利用の高効率エンジン搭載車、既存の内燃機関の効率化など、それぞれの技術に可能性がある。エンジンや自動車の用途に応じて、消費者が選択して選べる状況が好ましい。

未来の自動車は国が押し付けるのではなく、消費者が自由に選択できる状況が望ましい。そのために自由な経済活動と、メーカーの公正な競争を期待したい。そして、そうした競争の中で、日本の自動車産業、各メーカーは勝ち残り、良い車を提供し続けてほしい。

ジャーナリスト。経済・環境問題を中心に執筆活動を行う。時事通信社、経済誌副編集長、アゴラ研究所のGEPR(グローバル・エナジー・ポリシー・リサーチ)の運営などを経て、ジャーナリストとして活動。経済情報サイト「with ENERGY」を運営。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。記者と雑誌経営の経験から、企業の広報・コンサルティング、講演活動も行う。
関連特集: 百家評論