1989年6月4日に起きた「天安門事件(虐殺)」から36年が経過した今も、中国では事件の真相が語られることはなく、犠牲者たちは「歴史の外」へと葬られた。そのなかで、亡き息子の名を叫び続ける一人の母親がいた。
事件当時19歳の王楠(おう・なん)さんは高校生だった。学生運動が激しさを増していた1989年6月3日の夜、王さんは母の張先玲(ちょう・せんれい、88歳)さんに問いかけた――「母さん、今夜は本当に発砲があると思う?」張さんは息子に「そんなまさか…」と返したが、その願いは翌朝、裏切られた。
目撃者によれば、事件当夜、中国軍が群衆に向けて無差別発砲し、王楠さんは頭部に銃弾を受けた。現場に駆けつけた医学生が応急手当を試みたが、戒厳部隊は「暴徒には救助の必要はない」と市民を威嚇し、救急車の進入も許さず、王さんは大量出血のまま放置され、命を落とした。
天安門事件犠牲者遺族は、何度も抗議し、真相究明と謝罪を求めたが「中国政府からの誠意ある返答は36年の間、一度たりともなかった」と張先玲さんはいう。
しかし「どれほど嘘を重ねても、歴史の真実を覆い隠すことはできない」と信じ、張さんは、犠牲者遺族の会である「天安門母親の会」の中心人物として、三十数年にわたり公に発言を続け、毎年、政府に向けて公開書簡を送り、責任追及と犠牲者への賠償を求めてきた。
国家による監視や脅迫にも屈せず「私は死ぬまで天安門事件の真実を語り続ける」と誓う張さん。彼女の中では、あの問いかけが今も響いている――「母さん、今夜は本当に発砲があると思う?」

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