暴政からの脱出 ベネズエラ人が社会主義政権の暴挙を回顧

2026/01/09
更新: 2026/01/09

1月3日、マドゥロ氏が米軍に逮捕されたとの報道を受け、世界各地のベネズエラ人の間では連日、歓喜の祝賀集会が相次いで開催されている。祖国の再生を願い、一日も早い帰還を望んでいる。大紀元は数十人のベネズエラ人に取材を行い、それぞれの見解や所感を伺った。これらは氷山の一角にすぎないが、腐敗した社会主義政権がいかに国家を荒廃させ、国民を苦しめてきたかを如実に示している。

全米有数のベネズエラ系住民が暮らすフロリダ州ドラール市では、3日以降、現地のベネズエラ人たちは集会を開き、国旗を振り、スローガンを唱えながら、喜びと感謝の気持ちを表している。多くの人々は、アメリカおよびトランプ大統領の対応を評価し、感謝している。

これらの人々の多くは、圧政と暴力に抗い、生き延びてきており、拷問や迫害の苦難を経ながらも、今もなお強い精神を保っている。

ドラール市の市民、キルビン・スアレスさんは「私はベネズエラ人。ここに来て10年になる。この国が私に門戸を開いてくれたことに心から感謝している。私が祖国を離れたのは、兄がこの暴政によって命を奪われたからだ」と述べた。

人権活動家のザライ・マサさんも、マドゥロ氏が拘束されたという知らせに強い感慨を示した。彼女もまた、残酷な政権から逃れた数百万のベネズエラ人の一人だ。

マサさんは2014年以降、反政府の平和的抗議活動に参加したことで三度の暗殺未遂に遭い、車両の破壊や交通事故による重傷を負ったほか、家族への脅迫も受けたという。

また、ベネズエラ国営石油・天然ガス公社で12年間勤務していたカルロス・イグレイさんは、内部の腐敗や不正を知る立場にあった。彼の父親は、当局がすべての薬局を接収したためワクチンを入手できず、命を落とした。さらに、叔父や叔母、兄弟も政治的理由で殺害されたという。長年にわたる圧政と家族の死を目前にして、彼は2018年に米国へ逃れる決意をした。渡米直後には姉が誘拐されたとの知らせを受けたという。

別の男性は、「かつてのベネズエラ軍は誇り高く、国民から尊敬されていた。しかし、今では軍も武装勢力も民衆を暴行し、略奪している。結局、命を守るために逃げるしかなかったのだ」と語った。

また、「社会主義は癌のようなものだ」とも訴えている。

多くの移民も、国外に身を置きながらも依然ベネズエラ政権の影響下にあり、恐怖と不安の中で暮らしている。

マドゥロ政権崩壊を示唆する報道は、ドラール市にとどまらず、世界各地のベネズエラ移民社会にも大きな反響を呼んでいる。プエルトリコ、ペルー、コロンビア、メキシコ、スペインなどでも、人々は街頭に出て国旗を掲げ、「ベネズエラに自由を」と書かれたシャツを着て愛国歌を歌った。涙を流しながら歌う人の姿も見られた。

プエルトリコ在住のエリカ・バスケスさんは「これは、私たちベネズエラ人が26年間待ち続けた瞬間だ。政権からの脱出を目指して努力してきたが、情勢は悪化の一途をたどった。初めは独裁政権だったが、最後には麻薬テロ政権になった。なぜなら、マドゥロ政権全体が中南米最大の麻薬組織として機能していたからだ」と語った

メキシコ在住のガブリエル・エルナンデスさんは「次にすべきことは国の再建だ。今後、亡命生活を送る私たちも祖国に戻り、それぞれの力を尽くす時が来るだろう」と期待を語った。

2014年以降、経済崩壊と政治的迫害により、およそ770万人のベネズエラ人が祖国を離れた。彼らにとってマドゥロ氏の拘束は、民主主義の回復に向けた希望の象徴であり、祖国再建への第一歩となっている。