中国・湖南省で、9歳の女の子が路上で倒れた。
現場の監視カメラ映像には、女児が地面で苦しみながら助けを待っていたにもかかわらず、数分間、周囲に人がいながら誰も手を差し伸べなかった様子が記録されていた。
監視カメラ映像には、歩いて通り過ぎる大人、立ち止まって様子を見たあと立ち去る中年女性、道路沿いの店の前で遠巻きに見ている人の姿が確認できる。
だが、誰一人として近づかなかった。声をかける人も、救急車を呼ぶ人もいなかった。
女児はその後病院に搬送されたが、心停止により助からなかった。
中国メディアは、女児の家庭環境が複雑だったとも報じている。
しかし、この出来事の本質はそこではない。
倒れていたのが小さな子どもであっても、社会が沈黙したという事実である。
中国では、倒れている人を助けたことで、後になって「加害者」として責任を問われる事例が実際に起きてきた。
2006年、南京で起きた「彭宇事件」では、転倒した高齢女性を助けて病院に連れて行った男性が、裁判で賠償を命じられた。判決の際、裁判官が述べた「ぶつかっていないなら、なぜ助けたのか」という一言は、中国社会に大きな衝撃を与えた。
「彭宇事件(ほううじけん)」以降、中国社会では「人助けは危険」「関わると面倒になる」という意識が社会に根付いた。
これまで多くのケースで、助けるのをためらわれた相手は大人や高齢者だった。
だが今回は違う。
路上で苦しんでいたのは、責任転嫁も金銭要求もできない9歳の子どもだった。
それでも、誰も動かなかった。
監視カメラが映した「誰も助けなかった数分間」は、善意より自己防衛が優先され、いまにも消えそうな、目の前の子どもの命より「関わらないこと」が選ばれる社会の現実を、静かに突きつけている。

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