中国共産党(中共)内部の権力闘争が激化し、高官の失脚が相次いでいる。大紀元の独自の統計によると、中共二十大(第20回党大会)で選出された中央委員会のうち、これまでに約70人が粛清されており、全メンバーの約18%に達している。専門家は、二十大以降、習近平派と江沢民派の残党で構成された中共指導層は以前にも増して不安定になっており、現在の中共高官は「習近平に倒されるか、習近平を倒すか」の二択を迫られ、党内闘争は白熱化した段階にあると指摘する。
中央委員54人が粛清
2022年10月の中共二十大で選出された205名の中央委員のうち、これまでに54人に異変が起きている(公式発表の失脚、免職、および失踪者を含み、取り調べ後に死亡した疑いのある1名を除く)。
正式に党籍を剥奪された14人
前国防部長・李尚福、前ロケット軍司令官・李玉超、前農業農村部長・唐仁健、前山西省長・金湘軍、前軍事委員会政治工作部主任・苗華、前武警司令官・王春寧、前軍事委員会副主席・何衛東、前軍事委員会政治工作部常務副主任・何宏軍、前軍事委員会統合指揮常務副主任・王秀斌、前東部戦区司令官・林向陽、前陸軍政務委員・秦樹桐、前海軍政務委員・袁華智、前広西自治区主席・藍天立、前内モンゴル自治区主席・王莉霞。
公式に調査中と発表された13人
前中国証券監督管理委員会(証監会)主席・易会満、前軍事委員会後勤保障部長・張林、前軍事委員会訓練管理部長・王鵬、前軍事委員会政法委書記・王仁華、前武警政務委員・張紅兵、前軍事委員会副主席・張又俠、前軍事委員会統合参謀部参謀長・劉振立、前内モンゴル書記・孫紹騁、前応急管理部長・王祥喜、前浙江省書記・易煉紅、前情報支援部隊政務委員・李偉、前陸軍司令官・李橋銘、前重慶市長・胡衡華。
「辞職」の形式で失脚した1人
前外交部長・秦剛。
党政システムで免職または失踪した4人
前中央対外連絡部(中連部)長・劉建超は、連行されたとの情報の後、免職。前工業和信息化部(工信部)長・金壮龍は重要会議を欠席した後に免職。現政治局委員・馬興瑞は昨年新疆書記を解任されて以降、重要会議の欠席が続いており異変が伝えられている。中央軍民融合発展委員会弁公室副主任・雷凡培は、昨年末から重要会議を欠席している。
軍方の中央委員のうち、上将クラスの免職・失踪者は17人に上る
前戦略支援部隊司令官・巨乾生、前東部戦区政務委員・劉青松、前南部戦区司令官・呉亜男、前南部戦区政務委員・王文全、前西部戦区司令官・汪海江、前西部戦区政務委員・李鳳彪、前海軍司令官・胡中明、前ロケット軍政務委員・徐西盛、前ロケット軍政務委員・徐忠波、中央軍事委員会統合参謀部副参謀長・徐起零、前中部戦区司令官・王強、前中部戦区政務委員・徐徳清、前北部戦区司令官・黄銘、前空軍政務委員・郭普校、前空軍司令官・常丁求、前軍事委員会装備発展部長・許学強、前軍事科学院長・楊学軍。
昨年の上将昇進式および今年の「両会」の公式映像を見ると、現役の上将は軍事委員会副主席、国防部長・董軍、東部戦区司令官・楊志斌、中部戦区司令官・韓勝延のみであり、前述の17名の上将クラス中央委員に異変が起きていることは確実視されている。
失踪した中将クラスの中央委員5人
西蔵(チベット)軍区司令官・王凱、新疆軍区元政務委員・楊誠。両名は昨年の習近平視察時の集合写真に姿がなかった。また、前国防大学政務委員・鍾紹軍、前軍事委員会国防動員部長・劉発慶、中央軍事委員会科学技術委員会主任・趙暁哲も行方不明となっている。
「死去」により脱落した1人(計上外)
前海関総署長・俞建華。公式には病死とされたが、複数の国外メディアは、紀律検査委員会の取り調べ後にオフィスで自ら命を絶ったと報じている。また、彼と吉林省当局者との会談に関する公式ニュースはすべて削除された。
中央候補委員15人が粛清
2022年10月に選出された第20期中央候補委員171名のうち、14名が中央委員に繰り上がったが、15名が失脚または失踪している。
党籍剥奪の7人
前ロケット軍参謀長・孫金明、前雲南省常務副省長・李石松、前青海省政法委書記・楊発森、前上海市党常務委員・朱芝松、前ロケット軍政治部主任・張鳳中、前国家鉄道局長・費東斌、前貴州省党常務委員・呉勝華。
公式な失脚2人
前西安書記・方紅衛、前天津大学学長・金東寒。
免職後に行方不明の軍工系候補委員2人
前中国航天科工会長・袁潔、前中国船舶集団会長・温剛。
繰り上げをスキップされた軍方候補委員
四中全会の際、数名の軍方候補委員が繰り上げ対象から外された。前中央軍事委員会弁公室主任・方永祥、前ロケット軍副司令官・王立岩、ロケット軍副政務委員・丁興農、連勤保障部隊司令官・王抗平、北部戦区陸軍司令官・石正露。丁興農は今年2月の座談会に姿を見せたが、他の4人は行方不明である。
文革後最大の崩壊 専門家「党内闘争は白熱化」
中央委員会全体で、控えめに見積もっても中央委員54名、候補委員15名の計69名が粛清されており、今期中央委員会の376名の約18%を占める。これは1976年に文化大革命が終結して以来、単一の任期中に失脚した人数および割合として最高である。
習近平の第1期(第18期中央委員会)では、失脚したメンバーは計37名で全体の約10%であった。
政治評論家の陳破空氏は大紀元に対し、文革期の動乱と高層部の混乱は、毛沢東が意図的に作り出した状況であったと語る。
「毛沢東は文化大革命を発動し、上から下まで党内の政敵をなぎ倒すことで個人独裁を実現しようとした。しかし習近平時代は、改革開放を経た後でありながら、文革後では稀に見る高層部の動揺が起き、大量の人間が排除されている」
陳氏によれば、二十大で構成された政治局常務委員会は、反習派が完全に一掃され、習本人と「習家軍」の4名に加え、江派に近い王滬寧、趙楽際のみが残った。しかし、この布陣は決して安定しておらず、二十大以降、中共の政局はさらに不安定化したという。
また陳氏は、習近平が過去3年間進めてきた「選択的反腐敗」は、クーデターのような異常な手段であると指摘する。特に張又俠と劉振立を同時に失脚させ、政治的罪名を即座に公表したことは、政局をさらに危険な段階へと押し上げている。
「中共の内部闘争は激化の一途をたどっており、その内情は外部の想像をはるかに超える凄惨なものである可能性がある」とし、これは中共が「晩共(共産党末期)」の後期という、明確な終末段階にあることを示していると分析する。
「(旧ソ連の)スターリンは国家テロリズムの手法を用い、疑いだけで次々と政敵を抹殺した。しかしスターリンが死んだ際、床に倒れた彼を医者さえも救おうとせず、周囲の人間は彼が本当に死んだかどうかの鑑定すら恐れた。そして彼の死後まもなく、その路線は全面的に覆されたのである」
陳氏は、かつてのソ連共産党内に「スターリンを殺すか、さもなくばスターリンに殺されるか」という論理があったように、現在の中共高官たちも「習近平に倒されるか、習近平を倒すか」という白熱化した闘争の渦中にあると結んだ。
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