混迷する欧州の移民問題 転機を迎える国境政策

2026/08/13
更新: 2026/08/13

先日、モロッコ人約6万人が2日間にわたり、スペイン領セウタの防波堤を泳いで越え、大量に流入する異例の事態が起きた。世界各地で大きく報じられたが、その結末は意外なものだった。今回の出来事は、欧州で移民への対応が厳格化している実態を、一時的に覆い隠す結果となった。

実際には、スペインからルーマニア、英国からイタリア、ギリシャに至るまで、欧州各国では不法移民の流入を抑制し、国境管理を強化しようとする動きが広がっている。

セウタに到着したモロッコ人の大半は、夏場の軽装をした健康そうな若い男性だった。貧困に苦しむ難民といった印象ではなかった。世界の報道から受ける印象とは異なり、スペイン当局やペドロ・サンチェス首相率いる左派政権は、必ずしも無防備だったわけではない。

数日のうちに、十分な訓練を受けたスペイン軍部隊が展開し、約2000人を除く大半の不法入国者を拘束したうえで、比較的穏当な形でモロッコへ送り返した。

セウタの商店主らは事前に警戒して店舗を閉鎖していた。そのため、流入者たちは略奪できる商品や食料を見つけることができず、飲料水さえ確保できなかった。この結果、数千人が自らモロッコ側へ引き返した。スペイン当局は彼らに温かい食事と飲み物を提供したという。

これほど大規模かつ同質的な集団が、短時間のうちに一斉に到着した理由は、なお明らかになっていない。ただ、モロッコ政府が自国から大量の難民を押し出すため、今回の集団流入を意図的に仕掛けたことを示す証拠はない。各地の国境で過去に起きた暴力的な衝突や群衆による騒乱と比べても、今回は組織性や強い敵意が目立ったわけではなく、偶発的な性格が強かったとみられる。

西欧主要国の中で、事実上ほぼ唯一の一貫した左派政治家とされるサンチェス氏は、世界の困窮者や弱者を歓迎する政治家との印象を作り上げてきた。しかし、こうした姿勢には政治的な演出の側面も否定できない。

スペインは西側諸国の多くと同様、出生率の低下に直面しており、経済成長を維持するため、一定の分野で移民労働力を必要としている。そのため、中南米出身者については積極的に受け入れてきた。到着後、比較的短期間で合法的な居住資格を取得できる制度もある。スペイン語を話し、文化的にも共通点の多い中南米出身者は、社会への同化が比較的容易だからだ。

サンチェス氏の政権下でスペインに受け入れられた移民は約60万人に上る。ただ、その多くは比較的同化しやすい人々であり、遠く離れた地域から来る、あらゆる抑圧された人々や困窮者の味方であるかのような姿勢は、必ずしも説得力を持たない。

今回、突然の大量流入を速やかに排除したことは、スペイン国内の中道・右派に対するサンチェス氏の姿勢をかえって強化することにもなった。スペインは長年、激しい政治的、思想的対立を繰り返してきた国であり、教条的な左派政治家として知られるサンチェス氏は、さまざまな政策を通じて保守層の反発を招いてきた。

また、妻を含む親族が汚職事件で訴追されたことも、同氏の政治基盤を揺るがしている。

欧州の移民問題をめぐる混乱には、数多くの皮肉がある。その一つが英国である。

英国は10年前、欧州各地からの移民が事実上無制限に流入することへの反発などを背景に、欧州連合(EU)を離脱した。しかし、その結果、フランスなど欧州諸国に協力を求め、英国への不法移民流入を抑える外交的影響力を失った。皮肉にも、英国国内の不法移民はその後、増加した。

16世紀のヘンリー8世から、1939年にウィンストン・チャーチルが海軍大臣に復帰した時代まで、世界最大級の海軍力を誇った英国が、現在ではイングランド南部の海岸に小型で脆弱な船で押し寄せる不法移民を阻止できない。これは、英国が直面する統治能力の低下を象徴する事態ともいえる。

ただ、欧州全体をみれば、状況は必ずしも悲観一色ではない。

EU加盟27か国に昨年流入した無許可移民は合計約17万7000人にとどまり、その大半は当局に拘束され、多くの場合、出発地点へ送還された。人口比でみれば、現在の米国への不法移民流入と大きく変わらない水準である。

もっとも、米国ではバイデン政権下で世界各地から大量の不法移民が流入したとされ、その中には多数の暴力犯罪者や、大量の違法薬物を運搬した者も含まれていた。

経済成長が続く国では、労働力不足を背景に移民を必要とする事情もある。ポーランドはその典型だ。人口がほぼ横ばいで推移する一方、1人当たり所得は共産主義時代の1990年の約2700ドルから、現在は約3万ドルにまで増加した。経済の拡大に伴い、労働力を補うための移民需要が生じている。

欧州の多くの国で出生率が急低下していることも、適切に選別された移民を受け入れる必要性を高めている。スペインでは、中南米出身者がその役割を果たしてきた。

これまで欧州の衰退をめぐる懸念は、移民を管理できないこと、急速な出生率低下、そして過度な社会主義政策などに向けられてきた。しかし、移民管理については、欧州各国がようやく対応を強化し、問題をおおむね抑え込む方向に進みつつある。

出生率の低下も、経済や社会への影響を見極めたうえで、必要な人材を選択的に受け入れることで一定程度は緩和できる。フランス、ドイツ、スペインで次期政権を担う可能性がある勢力や、現在のイタリア政府が社会保障や経済政策の改革に取り組めば、欧州が再び立て直される可能性もある。

欧州は近年、域内の結束を強め、世界における政治的影響力を高めようとしてきた。しかし、その構想は近年、大きく後退した。それでも、欧州が再びまとまり、自らの進路を見直し、国際社会で相応の地位と影響力を取り戻す余地は残されている。

最大の懸念材料は英国だ。英国はこの10年間で7人目の首相を迎えたばかりで、その前任者たちは、かつて主要政党だった二大政党から出たものの、いずれも十分な成果を上げられなかった。世論調査では政党支持の分散が進み、今後の選挙が混乱する可能性も指摘されている。

歴史的にも国際的にも大きな影響力を持ってきた英国が、これほど短期間に政治的混乱と分裂を深めたことは重大な問題である。

欧州大陸の主要国で見られ始めた比較的前向きな変化が、英国にも及ぶことが期待される。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
40年にわたりカナダを代表する金融家として活躍し、世界有数の新聞出版経営者としても知られる。フランクリン・D・ルーズベルト、リチャード・ニクソンの伝記を執筆。近著に『Donald J. Trump: A President Like No Other』があり、改訂版も刊行されている。