天安門広場で真実を伝える 命がけで中国渡航した西洋人たちの物語(下)

2022/04/12
更新: 2022/04/12
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(上より)

横断幕が広がるとき

計画実行前夜。起こりうるハプニングが次々と頭をよぎり、撮影担当のチプカーさんはなかなか眠りにつくことができなかった。ビデオカメラが故障すること、そして現場に着く前に警察に拘束されること。

チプカーさんの友人であるゼノン・ドルニツキーさんも計画に参加していた。当時23歳だったドルニツキーさんはトロントで中国人法輪功学習者から基礎的な中国語を少し覚えたばかりだった。

二人は前日、万里の長城で会い、「法輪大法は良い」と書かれた黄色の横断幕を掲げた。 ドルニツキーさんがホテルの部屋で描いたもので、彼の言葉によればそれは「美しく象徴的なメッセージ」だった。

万里の長城で手製の横断幕を掲げるジョエル・チプカーさん。2001年11月、北京で撮影(Courtesy of Joel Chipkar)

「私たちは本当に熱心だった」とドルニツキーさんは大紀元の取材で語った。「文字通り命を懸けた行動だったと分かっていた。しかしそれは世界にとって重要だったと考えていた。万里の長城で黄色の横断幕を掲げたとき、本当に感動的だった」。

二人ともカナダへの帰りの航空券を購入していた。離陸の時刻は天安門広場での活動から4時間後だった。「空港でまた会おう」。チプカーさんは当日の朝、ホテルでドルニツキーさんに言った。

しかし、言葉通りにはならなかった。

ドルニツキーさんは当日、ほとんどの時間を読書や散歩に充てた。約束の時間が近づくと、腕時計を一瞥し、天安門広場へと向かった。「巨人のように感じた」という。

大きな黄色の横断幕が広げられたとき、レクナガルさんは前列で座禅の姿勢をとっていた。ドルニツキーさんは後列に立ち、「真」と「善」の文字の間で横断幕を支えた。

天安門広場で真実を語ったがために、たちどころに囲まれ拘束される西洋人の法輪功学習者たち、チプカーさんはその様子をカメラに収めた(公式サイトjourneytotiananmenより)

「彼らは横断幕を力強く掲げたので、本当に誇りに思った」と大紀元の姉妹メディア「新唐人テレビ(NTDTV)」に語った。

20秒と経たなかっただろう。鋭いクラクション音が空気を突き破り、少なくとも6台の警察車両が西洋人学習者を取り囲んだ。どこからともなく出てきた制服警官と私服警官が見物人を押しのけ、学習者たちを捕らえては白い警察用のバンに押し込んだ。

レクナガルさんの後ろに座っていたハコサロさんは動こうとしなかった。警察は彼女を地面から持ち上げ、髪の毛を掴んで引きずり、バンに押し込んだ。

隙を見て、ドルニツキーさんはズボンのすそからもう一つの黄色の横断幕を取り出した。その間、可能な限り大きな声で「法輪大法は素晴らしい!」と叫んだ。

すぐさま複数の警察に取り押さえられ、ドルニツキーさんは両目の間を強く殴打された。骨折した鼻から血が滴り落ち、目には涙が浮かんだ。

続けざまに「パンチの雨」が降り注いだ。白い警察車両に押し込まれたドルニツキーさんは、殴打され意識を失ったスウェーデン人男性に気づいた。同じ車両で、一人のフランス人女性は首を強く絞められていた。「法輪大法は素晴らしい!」と叫ばないようにするためだった。

チプカーさんは一部始終を撮影した。ものの数分間で、友人らはみな中共の警察に連れ去られてしまった。

人力車でホテルに戻ると、すぐにホテルのロビーあったトイレに駆け込んだ。ドアをロックし、映像を巻き戻す。予定通り、すべて録画されていた。最寄りのFedEx事務所に行き、テープを家に郵送した。「安堵で胸をなでおろしたよ」とチプカーさんは語った。

西洋の法輪功学習者たちは警察が着く前に迫害反対のメッセージを訴えることに成功した。「天安門広場で迫害反対を訴える様子は、本当に奇跡だった。想定した通りに事が運んだ」。

中共警察による尋問

中共警察に拘束された西洋人法輪功学習者は、天安門広場にほど近い警察署に連行された。監禁部屋は窓がなく、壁には血痕が付着していた。

天安門広場付近の警察署の地下監獄に拘束された西洋人法輪功学習者たち (アダム・ライニングさん提供)

中共警察による暴力的な尋問は容赦ないものだった。一人のイスラエル人学習者は顔を殴られ、股間を蹴られた。米国出身の医学部生は警察の報告書への署名を拒み、破り捨てたため頭を殴打された。

レクナガル氏は中国語を話せたため、医学部生への暴力をやめるよう警察に求めた。

「もう一度やってみろ。そうすれば全世界がこの事実を知るだろう」。

警察官は逆上し、レクナガル氏を壁に押し付けて「殺されるときの感覚を知りたいのか」のような趣旨の言葉を放った。

それでも警察官らによる扱いは、中国現地の法輪功学習者に対するものより控えめだった。拘束されている間、食べ物と水を提供する様子は警察が録画していた。プロパガンダ目的だった可能性もあるという。後日、中国の国営メディアは西洋人法輪功学習者は人道的な扱いを受けたと報道した。

およそ24時間から48時間経った後、35人の法輪功学習者は全員飛行機に乗せられ、5年間は中国に入国することができないと告げられた。

本物のヒーローとは

「当時、私たちはすべきことを行っただけだ」天安門広場での迫害反対の訴えから20年。チプカーさんは当時を振り返った。「私たちは皆、最善を尽くしていた」。

法輪大法情報センターによると、迫害が始まって以来、数百万人もの法輪功学習者が拘置所や刑務所、労働キャンプなどの施設に監禁され、数十万人が拷問を受けた。さらに、数えきれないほどの法輪功学習者が臓器を摘出され、殺害された。

2016年7月14日、法輪功学習者はワシントンDCのリンカーン記念堂の前で迫害の犠牲者への追悼と迫害停止を訴えるキャンドルナイト・イベントを行った(Mark Zou/大紀元)

米国のウェブサイト「明慧」は中国での法輪功迫害について記録している。今日まで、すでに数千人もの死者が確認されている。いっぽう、中共政権がその残虐な行いを隠ぺいしてきたため、その数も氷山の一角に過ぎないと専門家は指摘する。

「中国国内の法輪功学習者は生命の危険を冒して、残虐な迫害の真実を広めている。日常的に生と死を経験する彼らこそ、注目すべき本当の英雄だ」とチプカーさんは語る。「英雄は中国国内にいる人々であり、私たちではない」。

共産主義体制下の東ドイツで18歳まで過ごしたレクナガルさんは、天安門広場への道のりを「大冒険」と表現した。

「何が起こるのか、誰も予想できなかった」とレクナガルさん。自らの行動にどの程度の効果があるか分からなかったが、「中国での迫害がどれほど現実的でどれほど残酷であるか」を垣間見ることができたという。

「(迫害を)止めるために何かしなければならないと強く感じるようになった」。

横断幕が広げられる瞬間の様子は2人の芸術家によって油絵で描かれた。絵の中では、半透明の金色の光が法輪功学習者たちを囲んでいる。

「真、善、忍の文字がはっきりと見える」とレクナガルさん。「私たちはまさにそのために立ち上がったのだ」。

油絵は現在、ニューヨーク州北部のショッピングモールの展示会場に掲げられている。レクナガルさんは今でも時折その場所を訪れ、当時のことを思い起こす。

しかし、20年前の記憶から悲しみを消し去ることはできないという。

「中国では大勢の人々が真実のために立ち上がった。しかし誰一人として描かれることはなかった」とレクナガルさん。「彼らの多くはすでに殺害されてしまった」。

チプカーさんが記録した歴史的な天安門広場での活動は、ドキュメンタリー映画「The Journey To Tiananmen(仮邦題:天安門への旅)」(2020年1月)に集約されている。トロント拠点の映像制作会社・新境界影視公司と大紀元姉妹メディア・新唐人テレビが共同制作した。

法輪功情報を伝えるFalun.Infoのリンクから全編視聴できる。英語、スペイン語字幕のみ。

文・Eva Fu/翻訳編集・王文亮