〈我那覇真子氏インタビュー〉「根無し草」となった人たち 沖縄で気づく家族の大切さ

2022/05/22
更新: 2022/05/23
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日本の保守運動に取り組むかたわら、沖縄の現状について長年発信し続けてきた我那覇真子氏。沖縄本土復帰50周年にあたり、大紀元取材班は我那覇氏に政治活動への想いを伺った。日本で保守運動はなぜ広がらないのか。左翼活動家のメンタリティーは何なのか。米国での取材経験を持つ我那覇氏は左派と右派に共通する問題点を導き出した。

ーー保守的考えの源泉となっているのはなにか。

私の保守運動はそもそも家庭から始まった。沖縄戦当時、親戚がひめゆり部隊に所属していた。このことを小さいころから聞いている。米国の政治活動家キャンディス・オーウェンズさんに話を聞けば、彼女も思想は祖父からきているそうだ。宗教も親から子供へと受け継がれる。

アメリカでは、伝統を守ることや、家族を大切にすることが保守運動の原動力となっている場合が多い。しかし日本の場合には思想のよりどころとなるものがなく、「根無し草」のような状態だ。根無し草であるけど、結局のところ根無し草もどこかには行き着くので、たまたま右を向いた、左向いただけの違いだと思う。

従来から保守運動を行っている人たちを見ると、お父さんだけが保守的な運動に目覚めて、家族が誰もついて来ないケースが多い。家庭では肩身が狭い、縦糸がない人が多い。自宅にいても話を家族が聞いてくれないから、集団に身を置きたい一心で運動に参加する。個人がいいとか悪いとかの話ではなくて、縦糸が切れている人がいっぱいいるのが現状だと思う。

思うのは、右向いているか左向いているかの違いで、原動力は一緒だ。どちらの方向を向いている人も性質が一緒。なかには、運動をフラストレーションのはけ口としてる場合もあるだろう。そのような場合、言論はコントロールの効かない突っ走ったものになってしまう。

しずくが滴る月桃の花。首里城で撮影(佐渡道世/大紀元)

ーー左翼の活動家はどうか。

辺野古で活動する左翼の活動家には平日組と週末組の2種類がいるという。平日組は、長年に渡って左翼活動を続けてきた、もしくは労働組合に所属してきた人物で、過去の知り合いと会うために平日に来る。

週末組は主に会社勤めをしている人々だ。仕事はあるが、家族との絆がないから、人とのつながりを求めてグループに入ろうとする。人は群れたい。その思いで辺野古に行く。

彼らも根無し草のようだ。一般的な感覚で考えれば、辺野古で警察と対峙するような活動を行うと言えば、家族が止めるはずだ。でもその人たちには止める家族がいない。イデオロギーに染まり、法律に違反するリスクを犯す彼らをおかしいと思うよりも、切ない気持ちになる。

ーー個人としてのアイデンティティーの欠如が問題か。

イデオロギーによって個人の存在が壊された結果、根無し草となった人たちが、左を向いたら共産主義、右を向いたら現在の保守になっているように感じる。政治以前の問題だ。フラストレーションのはけ口として活動している場合、過激になりやすい。国家をもっとよくしていきたいと思うのではなく、街宣で叫んで発散しているだけではないだろうか。

中国共産党に対する街宣活動でも、出発点は様々だ。日本の国益を想って言論を展開する人がいる傍ら、ただの発散となっている場合がある。後者の場合は建設的ではない。そして言論が過激になれば、一般大衆からは、人種差別や過激なヘイトに見えてしまう恐れがある。自らのアイデンティティーを失った人たちは、皆似たような表情になっていると感じる。

2020年の米国大統領選のときに米国で取材活動を行ったが、驚くべきことにトランプ集会は祈祷から始まっていた。クリスチャンの国・アメリカだけあって、神に対する信仰や宗教の力が保守活動の原動力になっていると実感した。伝統に則って信仰心を保ち、家族を大切にするという想いが原動力となっている。

家族とのつながりの面から言えば、日本はアメリカ以上に崩壊が進んでいるのかもしれない。人間の芯となるものがないから、運動も盛り上がらない。人間の精神の根底が溶けてしまった結果だ。

しかしそうも言っていられないし、あまり悲観的にならずに楽しくやっている。日本でもいずれ、家族のつながりや人間の芯となる部分が重要視され、取り戻されると信じている。

プロフィール

我那覇真子(がなは・まさこ) 沖縄県名護市出身。独立系ジャーナリスト。2020年の米大統領選の際に現地で取材し情報発信を行う。著書に『日本を守る沖縄の戦い』(アイバス出版、2016年)、訳書に『ブラックアウト』(方丈社、2022年)。

王文亮