【寄稿】日本サイバー防衛の脆弱性に苛立つ米国防総省 想定される「世界有事」の最悪シナリオとも関係か

2023/08/09
更新: 2023/12/02

現代戦はサイバー戦で始まる。自衛隊が極東有事の初期段階においてサイバー戦により壊滅してしまうというシナリオに米国防総省が相当な危機感を抱いたとしても、不思議はないのである。

浜田防衛相のしどろもどろ

米紙ワシントンポスト7日付は、「中国人民解放軍のハッカー部隊が日本の防衛省の最高機密を扱う情報ネットワーク・システムに侵入していた」という衝撃的な事件を伝えた。8日の日本メディアは大騒ぎとなり、浜田防衛相は、記者会見でしどろもどろの対応となった。

「個別具体的なサイバー攻撃や対応を明らかにすることにより、防衛省・自衛隊の対応能力等を明らかにすることになるので(詳細は)答えられない」と言いながら「防衛省が保有する秘密情報が漏洩した事実は確認していない」とも述べている。

だが報道では、2020年秋に米国家安全保障局(NSA)が、この侵入を察知し、当時の大統領副補佐官ポッティンジャー氏とNSA局長ナカソネ氏は東京に来て、日本の防衛省首脳に直接、伝えた。しかし防衛省の対応は、鈍く不十分で、翌21年、バイデン政権の国防長官となったオースティン氏は「サイバー対策を強化しなければ情報共有に支障を来す」と日本側に警告した。

それにもかかわらず、21年秋になっても日本側は十分な対応を取らなかったという。浜田防衛相のいう、「個別具体的なサイバー攻撃や対応を明らかにすること」は出来ないというのは、要するに防衛省は何らの対応もしなかったということだ。

また同報道によると、中国軍のネットワークへの侵入は「日本近代史上、最も有害なハッキング」であり「衝撃的なほどひどかった」のだが、浜田防衛相の「秘密情報が漏洩した事実は確認していない」との発言が真実だとすれば、ハッキングされたこと自体を確認する能力がなかったと言う事になろう。つまり、秘密情報が漏洩していないのではなくて、漏洩したかどうか確認する能力すらなかったのである。

ハシゴを外された松原実穂子

日本の防衛省のサイバーセキュリティがこれほどまでに脆弱であるのに、驚かれる方も多かろう。しかし、私は大紀元に4月23日、「日本のサイバーセキュリティは、なぜ弱い?米軍調査団を仰天させた自衛隊の闇」を書いて既に警告していた。

そこで松原実穂子氏(NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト)に触れたが、彼女は、「サイバーセキュリティ」などの著作を通じて、言論活動を展開して今年2月にはフジサンケイグループの正論新風賞を受賞した、日本のサイバーセキュリティの第一人者と言える方である。

その彼女が1月中旬に米ワシントンを訪れた際に「日米関係の最大のネックは、日本のサイバーセキュリティだ」と言われたという。オースティン氏は2021年に「サイバー対策を強化しなければ情報共有に支障を来す」と警告したにもかかわらず、日本は、十分な対応を取らなかったという報道と合致する。

ちなみに、そのとき彼女は反論して「東京五輪のサイバー防御は大成功だった。またランサムウェア感染率も身代金支払い率も日本は他の先進国に比べて低い」と主張したという。つまり日本のサイバーセキュリティはネックではないと述べたのだ。

彼女は同様の主張を講演会やテレビでもしており、日本のサイバーセキュリティが脆弱だという指摘に対して「もっと自信を持ちましょう」と励ましてきた。

今回の報道が正しいとすれば、彼女の主張は正しくなかったことになるが、防衛省のサイバーセキュリティも担当している彼女が、この事件を知らないはずはない。セキュリティ・クリアランス分野における職責上、知りえた秘密を漏らすことは違法だ。知っていて知らないふりをしたかもしれない。

オースティン国防長官の苛立ち

だが、問題は「なぜこの時期にこの報道が出たのか」である。米国防総省の関係者による意図的リークであり、オースティン氏という現職の名前がはっきりと出ているため、オースティン氏の意図したリークである可能性を指摘したい。

なぜ、そう言えるのか。もしオースティン氏が承認していないのに、国防総省の関係者が勝手にリークしたのなら極秘事項の漏洩となり、厳罰に処せられるはずだからだ。

つまり、オースティン氏はこの時期に意図的に、日本の防衛省のサイバーセキュリティは、「ゼロ」だとばらしたのだ。おかげで松原実穂子氏はハシゴを外された形となった。防衛省のサイバーセキュリティにオースティン氏が相当の苛立ちを覚えているのは間違いないが、18日にキャンプデービッドで日米韓首脳会談を控えた、この時期にリークしたのはなぜか?

岸田総理、バイデン大統領、韓国の尹大統領が8月18日に米国の大統領別邸キャンプデービッドで会談すると決まったのは7月20日だった。国際会議としては、急遽開かれるという感じであり、この時期に急遽集まらなければならない理由は何なのか?様々な憶測を呼んだ。

7月12日に北朝鮮がICBM火星18を日本海に撃ち込んだばかりだから、北朝鮮問題が議題になるのは間違いないと見られたが、北朝鮮は4月13日に既に火星18の発射実験を行っており、同月26日に米韓首脳会談をワシントンで行っている。その後、状況に変化があった事になる。

7月18日に米戦略原子力潜水艦ケンタッキーが韓国釜山に入港した。米原潜の韓国寄港はままあるが、米戦略原潜の韓国寄港は42年ぶりだ。いうまでもなく戦略原潜は核ミサイルを搭載している。

この5日後、米下院外交委員長マイケル・マコール氏がテレビで「入港したのは台湾有事の際に北朝鮮を抑止するためだ。韓国とともに北朝鮮を抑止しなければならない。北朝鮮は、我々が中国、ロシア、イランに対応している間にミサイルを発射するかもしれない」と述べた。

つまり、米国は朝鮮半島有事が台湾有事やイラン戦争と連動すると見ているのである。実はイランのウラン濃縮は核兵器段階に来ており、既にイスラエルはイランの核施設の空爆を画策している。

もし、イスラエルがイランを空爆すれば、イランも当然反撃するから、中東は一瞬にして戦争の巷となろう。米海軍はホルムズ海峡に釘付けになるから、東アジアはガラ空きとなる。習近平はその隙を突いて台湾に侵攻し、北朝鮮は日本と韓国に台湾救援させないように核ミサイルを発射するというシナリオは米国内で密かに検討されている。

現代戦はサイバー戦で始まる。自衛隊が極東有事の初期段階においてサイバー戦により壊滅してしまうというシナリオに米国防総省が相当な危機感を抱いたとしても、不思議はないのである。

(了)

軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。
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