米商務省は5月27日、中国国有企業「中化国際」が筆頭株主を務めるイタリアの高級タイヤメーカー「ピレリ」に対し、同社の次世代スマートタイヤ製品はアメリカで販売禁止対象となる可能性があると正式に通知した。 問題の核心は、中国資本が37%の株式を保有する同社のデータ処理技術が、米中対立の最前線に立たされた点にある。
サイバータイヤの技術が制裁対象に
ピレリが開発した「Cyber Tyre」は、タイヤに埋め込んだセンサーが路面状況や走行データをリアルタイムで処理する次世代技術。しかしアメリカ商務省工業保安局(BIS)は4月25日付の書簡で、「中国系企業が関与するハードウェア・ソフトウェアはアメリカでの販売を禁止する規制に抵触する」と指摘した。これを受け、同製品のアメリカ内流通が事実上阻止される見通しとなった。
同社のアメリカ市場依存度は全売上高の約25%に達し、特に新型タイヤ需要の3割が北米地域に集中。主力工場がメキシコや欧州にあるため、禁輸措置が発動されればサプライチェーンに重大な影響が及ぶ。
中国資本の浸透と伊政府の反発
ピレリへの中国資本参入は2015年に遡る。中化集団(現・中化国際)が77億ユーロを投じ買収し、2017年には経営権を掌握。しかし2023年、イタリア政府は「ゴールデンパワー法」(国家安全保障関連法)を発動し、中化集団に対しCEO指名権の剥奪、機密技術へのアクセス制限、取締役会議席の削除を強制した。
「当時、中化側は『重大な驚きと反対』を表明したが、伊政府は中国資本の技術流出リスクを重視。自動車産業の要であるタイヤ技術の保護を優先した」と現地関係者が証言する。
米中の技術覇権争いが影落とす
この裁定は、アメリカ政権が2025年に公布した「中国系企業製自動車部品規制」の延長線上にある。同規制は2027年までに中国関連ソフトウェア、2029年までにハードウェアの全面禁止を目指す。バイデン政権下で加速した対中包囲網が、欧州企業にまで波及する異例の事態となった。
ピレリの経営陣は今年3月の取締役会で、中化国際に対し「持株比率を26.4%未満(イタリア株主Camfinの保有率)まで引き下げるよう」正式に要請。4月28日には「中化はもはや支配権を有さない」との声明を発表し、アメリカ向けアピールを強化した。
高級車市場に及ぶ波紋
ピレリはフェラーリやランボルギーニなど超高級車メーカーへの供給シェアで圧倒的な優位を保ち、F1公式サプライヤーとしても知られる。関係者によれば「Cyber Tyre」は2026年モデルからの標準装備化が計画されており、禁輸措置が実行されれば高級車市場全体の開発計画が遅延する可能性がある。
アメリカ当局の動向を注視する自動車業界アナリストは「データ収集機能を有する車載部品が『スパイ機器』とみなされる事例が増加。今回の措置は技術覇権争いの新たな前線を示している」と分析する。
タイヤ戦争の行方
ピレリがジョージア州に保有する小規模工場の生産拡充や、メキシコ工場の役割見直しなど対策が検討されている。しかし、高度な技術を要するスマートタイヤの生産移管には数年単位の期間が必要とされる。
国際貿易に詳しい法律専門家は「米中の対立構造が複数国の企業を巻き込む『ドミノ制裁』の様相を強めている」と指摘。中国資本との関係をどう調整するかが、グローバル企業の生存戦略の鍵を握るとの見方を示した。
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