中国最新空母「福建号」の就役式では、軍高官の異例欠席や報道遅延などが相次ぎ、中国共産党(中共)軍内部で激しい権力闘争が進行している。習近平主導の軍近代化は本当に成功したのか、その裏で起きている粛清や実権移譲を詳細に解説する。
中国の最新型空母「福建号」が正式に就役した。もともとこの就役は、中共軍の近代化を象徴する成果として、国防や軍事技術の発展を誇示する場であり、党首・習近平が「自ら指導し、自ら決断した勝利」として演出する構想であった。
しかし、「強い軍隊を目指す」というスローガンが掲げられた重要式典の背後では、異例の事態が次々に露呈している。宣伝部門の48時間に及ぶ沈黙、軍事委員会で装備を管轄する高官らの集団欠席、さらに政治工作幹部が進行役を務めるという前例のない構成がそれである。結果として、福建号の就役式は中共軍内部の権力闘争の新たな局面を浮き彫りにした。
本稿では、「福建号」就役をめぐる一連の異常現象を通して、中共軍内部で進行する権力構造の変化を分析する。
メディア沈黙と福建号就役式の異例の空気
11月5日、中国初の電磁カタパルト搭載型空母「福建号」が正式に現役入りした。式典には習近平が出席した。
当初、中国のカタパルト式空母は蒸気式の採用を前提としており、福建号の初期設計もその仕様に基づいていた。しかし、開発の途中で電磁カタパルト技術が実用化に成功し、高いエネルギー効率と無人機を含む多様な機体の発艦を可能にする点が評価された。この成果を受け、習近平は蒸気式から電磁カタパルト方式への転換を指示した。
造船所は設計変更の対応を求められた。電磁カタパルトの軌道は従来より長いため、艦体の大きさを維持したまま設計を再調整した。その結果、第2カタパルトの一部が着艦エリアに入り込む構造となり、着艦作業中に第2カタパルトを同時に使用できないという制約が生じた。この制約が運用効率の低下を招いている。

アメリカの軍事専門家による総合評価では、福建号の戦闘能力はアメリカ海軍のニミッツ級空母の約60%とされている。それでも中共海軍にとっては大きな前進であり、福建号1隻の戦力は遼寧号と山東号の合計に匹敵すると評価される。
福建号の就役によって、中共海軍の空母戦力は一気に倍増した。新型電磁カタパルト方式の採用は習近平主導の決定であり、今回の就役式も習近平の指示によって実施されたことから、本来であれば習近平の権威を内外に示す絶好の場となるはずであった。式典の規模も従来の遼寧号や山東号の就役式を大きく上回ると予想されていた。
しかし、11月5日の福建号就役式は予想に反し、規模が過去よりも著しく小さく、さらに宣伝部門が48時間も沈黙するという前代未聞の展開となった。
遼寧号や山東号の就役式では、当日からテレビや新聞が一斉に報道を展開した。ところが今回は、同日夜の中共中央テレビ(CCTV)のニュース番組「新聞聯播」では福建号に関する報道が一切流れず、翌6日も国内ネット上は沈黙したままであった。ようやく7日になって新華社が数百字の短い原稿と写真2枚を掲載し、その夜にCCTVがようやく映像報道を放送した。
張又侠の欠席と張昇民の異例主宰
新華社が11月7日付で伝えたところによると、福建号の就役式には習近平のほか、蔡奇、張国清の両氏が出席し、四中全会で新たに軍事委員会副主席に昇進した張昇民が進行役を務めた。海軍や空母建造関係者など、約2千人が参加した。
2012年の遼寧号、2019年の山東号就役式と比較すると、今回の異常さが際立っている。
2012年9月25日、当時の党首・胡錦涛は「遼寧」の引き渡し・就役式に臨み、温家宝総理、軍事委員会副主席の郭伯雄、徐才厚、国務委員兼国務院秘書長の馬凱、軍事委員会委員で総装備部部長の常万全、海軍司令員の呉勝利らが揃った。温家宝が「中共中央・国務院・中央軍事委員会の祝電」を代読し、郭伯雄が艦名と舷号を発表、常万全が進行役を担当した。
2019年12月17日には初の国産空母「山東」が海軍に引き渡され、習近平が式典に自ら出席し、約5千人が参加した。進行役は軍事委員会副主席の張又侠であり、艦名と舷号を発表した。中国船舶集団の雷凡培董事長や沈金龍海軍司令員も発言し、随行メンバーには丁薛祥中共中央弁公庁主任、劉鶴副総理、何立峰発改委主任、軍事委員会参謀長の李作成らが名を連ねた。
これらと比較すると、今回の福建号就役式には次のような異例の事態が確認できる。
* 習近平に同行した軍高官は張昇民のみであり、軍事委員会副主席の張又侠、軍事委員会連合参謀長の劉振立は姿を見せなかった。本来であれば出席が当然とみなされる海軍司令の胡中明、南部戦区司令の呉亜男も現れなかった。関係者の分析では、両者が軍内粛清の渦中にある可能性が高いとされる。
* 通常、中国船舶集団の董事長や海軍司令が発言するが、今回はその部分が完全に削除された。
* 胡錦涛や習近平は過去2回の就役時に海軍儀仗隊を閲兵したが、今回は閲兵を行わなかった。
* 参加人数は約2千人と大幅に減少した。2019年の就役式では5千人の集合写真が公開されたが、今回は習近平と艦載機パイロット、航空要員20人との写真のみであった。
* 通常、軍事委員会装備部門の委員や副主席が進行役を担当するが、今回は軍内粛清を主管する政治工作幹部の張昇民が進行役を務めた。これは極めて異例である。
報道の48時間遅延と式典規模の縮小は、「習近平の軍内権威が動揺している兆候」との見方を強めている。
「勝利ではなく屈辱」 政治色を強めた就役式
時事評論家の江峰氏は、48時間にわたる沈黙は宣伝部門内部で報道方針を巡り激しい駆け引きが行われていた証拠であると指摘する。それは「偉大な勝利の祝典」というよりも、「扱いに苦慮する危うい案件を慎重に処理していた状況」であったと述べている。
江氏はさらに、「福建号の就役式は習近平のための戴冠式ではなく、むしろ彼に屈辱を与える目的で綿密に設計された“高度ないやがらせ”である」と分析する。最も華やかな形式を採用することで、習近平の孤立を国内外に印象づける結果となったと論じている。
江氏によれば、この出来事は習近平が名義上すべての肩書を保持している一方で、実質的な権力を掌握できず、軍や宣伝部門への支配力も形骸化している状況を示すものであるという。
福建号の就役式を張昇民が主宰した点についても、江氏は「この一件によって式典の本質が変質した」と指摘する。つまり、軍事力を祝う儀式から政治的支配の演出へと変貌したということである。
張又侠、空母就役式を欠席 一方で広州の国民スポーツ大会に出席し習近平と同席
11月5日、習近平は海南省で行われた中国初の国産空母「福建号」就役式に参加した。しかし、中央軍事委員会副主席の張又侠の姿はなく、式典は張昇民が進行役を務めた。この異例の体制が外部でさまざまな憶測を呼ぶ結果となった。
張又侠は軍の装備部門出身であり、通常であれば空母の就役式という重要な場に出席する立場にある。今回の欠席は明らかに不自然である。
一方、11月9日に海南省に近い広州で開幕した第15回国民スポーツ大会では、張又侠が習近平と全国代表選手団との集合写真に並んでいた。
国民スポーツ大会への出席が空母就役式以上に重要であったかどうかには疑問が残る。SNS上では「習近平とのツーショットは、不仲説の打ち消しを狙ったものだ」との声も上がっている。しかし、もしその意図があったのであれば、福建号の式典に自然な形で出席した方がより効果的な“火消し”となったはずであり、その場合、そもそも噂自体が生じにくかったはずである。
時事評論家の周暁輝氏は官製メディアが公開した写真を分析し、「第一列の座席間隔がやや不自然である」と指摘する。習近平とその右隣の張又侠、左隣の李鴻忠との間隔はいずれも「二人半分ほど離れて」おり、張又侠と右隣の諶貽琴との距離も同様であった。一方、李鴻忠と左隣の官員、諶貽琴と右隣の官員との距離はいずれも「一人半分ほど」で、他の出席者もほぼ同じ間隔であったという。
周氏は「習近平と張又侠の座席の距離は両者の関係を象徴しており、“距離がある”ことを強調している」とコメントした。さらに、「昨年7月の三中全会以降、もし習近平が軍権を失っていたとすれば、軍が何らかの事情で主席職を名目的に維持させているだけであり、集合写真での“距離”にも説明がつく」と分析している。
張又侠、軍中で「王」の地位に?
独立評論家の杜政氏は11月9日付《上報》への寄稿で、「張又侠はすでに軍内で一人勝ち状態にある」と指摘した。昨年の三中全会後の説明会と比較して、今年の四中全会説明会での発言は一段と強気になり、「軍の王者を思わせる」と評している。
11月3日には北京で中国全軍の四中全会宣伝報告会の初回会合が開催された。出席者は中央政治局委員・中央軍事委員会副主席の張又侠、副主席の張昇民、軍事委員会委員の劉振立である。
この会合は軍事委員会全体の全員会議であり、15部門のうち複数の上将がすでに失脚している。会場では張又侠、張昇民、劉振立、董軍の4人の上将が揃い、その中で張又侠のみが中共政治局委員の肩書を持っていた。スピーチの際には新任副主席の張昇民と劉振立が最前列に座り、国防部長の董軍上将や中将らは後方に配置された。
杜氏は「張又侠には強い自信がある。なぜなら彼は最近、何衛東・苗華を中心とする習近平の“福建閥”を完全に打ち破ったからである」と述べている。
2015年末、習近平は大規模な軍改革を進め、多くの若手将官を急速に登用した。当時台頭した苗華らはその後粛清されたが、彼らの多くは習近平が福建省省長を務めていた時期に第31集団軍に所属していた人物である。習近平は側近の苗華を異例昇進させて全軍人事を掌握させ、さらに側近の何衛東を特例で政治局委員兼軍事委員会副主席に抜擢した。
張又侠は軍事分野(装備開発や訓練管理)を担当し、何衛東は政治分野(軍紀・人事・宣伝)を管轄しており、実質的には「軍紀監督」の役割を果たしていた。序列上は張又侠が上位にあったが、実権は何衛東が握っていたとされる。
2023年7月、何衛東は張又侠の管轄する軍備調達分野に「遡及調査」を実施し、ロケット軍司令・李玉超や元装備発展部長で国防部長の李尚福を摘発した。いずれも張又侠の側近とされる人物である。
その後、2024年3月の「両会」期間中、何衛東は軍代表会議で「軍の虚偽戦闘力を一掃する」と発言し、香港《南華早報》はこの内容を3月9日付で報じた。
しかしその直後、張又侠派が反撃に出た。何衛東の盟友である苗華を汚職および人事売買の理由で失脚させ、続いて何衛東本人も消息を絶った。最終的に四中全会直前に党籍と軍籍を同時に剥奪され、完全に表舞台から姿を消した。
評論家「牆内普通人」氏は自身の投稿で、「第二十期四中全会では習近平退陣がすでに中共上層部の“公然の秘密”となっており、第二十一大会までの過渡期2年間は党中央の意思決定機構が最高権力を握り、張又侠が軍の最終決裁者となっている」との見方を示した。
習近平の軍権は形骸化したのか
「48時間の沈黙」や張又侠の「全運会での噂打消し」、張昇民による異例の進行、何衛東・苗華の粛清など、一連の事態は習近平の軍権が形骸化している可能性を示すものである。福建閥は崩壊し、四中全会以降は張又侠が「軍の実権者」となったとみられる。
空母就役の日が、実際には軍権が移譲された日であった可能性も否定できない。巨大な戦艦が権力闘争の犠牲となったとすれば、中共海軍の真の危機は海上ではなく、北京・中南海——明かりの灯る指令室そのものに嵐が吹き荒れていると言えるであろう。

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