中国共産党はこのほど、中国各地の旅行会社に対し「訪日旅行者数を統制せよ」との指示を出し、日本へ渡航する中国人の数を従来の60%に抑えるよう命じた。産経新聞元台北支局長であり、インド太平洋戦略研究所の執行長を務める矢板明夫氏は「本当に悲しいことは、日本が経済的な打撃を受ける可能性ではなく、中国の人々がいまもなお、この『拍脳門(頭を叩いて思いつくような)統治』の影の中で暮らさざるを得ない現実である」と述べた。
矢板氏はフェイスブックへの投稿で、「中国共産党(中共)が訪日旅行者数を統制するというニュースは、笑うに笑えない話だ」と指摘した。中共当局は各地の旅行会社に対し、「訪日ビザ申請を統制せよ」と命じ、日本に行く中国人の人数を強引に「元の60%」に削減するよう求めたという。
日本行き制限の名目は「治安悪化」と「反中感情」
その理由として、中共当局は以前から「日本の治安が悪化している」「日本は中国人に友好的でない」などの主張を喧伝していると矢板氏は説明している。しかし、彼は「どんな正常な社会でも、海外旅行に行くかどうかは個人の自由であり、国家が指示すべき『指標』ではない」と強調した。
矢板氏はさらに、中国人が日本を訪れる理由には、観光、親族訪問、治療、商談、留学など、生活に密着した現実的な需要があると述べた。しかし、突然降って湧いた「数字」によってこれらが制限され、「指導者が機嫌を損ねた」から「60%まで下げなければならない」と決めつけられている。50%でも70%でもなく「60%」とする根拠はまったく示されていない。おそらく、指導者の判断は「不満を表明するには十分だが、経済的な損害は最小限に抑えられる」という程度のものだったのだろう。
毛沢東時代の「0.1%処刑」「右派5%」と同じ発想
矢板氏によれば、この「60%」という数字を聞くと、中共の建国初期、当時の党首毛沢東が「反革命鎮圧運動」で打ち出した「人口の千分の一を殺す」、すなわち0.1%という数字が思い起こされるという。その理由も単純であった。「その割合で処刑しなければ反革命勢力を抑えられず、人民が政権の威力を実感できないからだ」とされた。こうして「拍脳門(思いつき)」で決められた数字が、全国の地方政府の行動基準となったのである。
さらに矢板氏は指摘する。中共の公式統計によれば、この運動で処刑された「国民党の残党」や「悪人」とされた人々の数は最終的に100万人以上に達したとされる。その中にどれほどの冤罪や誤判があったか、想像に難くない。
矢板氏は続けて、1957年の「反右派運動」はそれ以上に荒唐無稽であったと述べた。毛沢東は「右派は知識人の5%を占めるべきだ」と言い出し、その割合を「必ず揃えよ」と各機関に命じた。すると各地で言論弾圧が始まり、過去数年間に誰がどんな発言や文章を書いたかが徹底的に洗い直された。ほんの小さな言葉尻が「右派」とされ、機関は「数字を合わせる」ために人々を次々と右派認定した。中には、会議中に席を外したわずかな間に「右派」に分類されていた者までいたという。単に「割合がまだ達していなかった」ためであった。当時「右派と烙印を押された人々は批判闘争や追放の対象となり、多くの家庭が崩壊し、人生を失った。
経済より深刻な犠牲は「自由」と「常識」
矢板氏はこう結んでいる。今日の「60%」という数字も、当時の「0.1%」や「5%」と本質的に変わらない。まず政治的な情緒があり、それに基づいて現実が「数字」で切り取られる。かつて削ぎ落とされたのは「人命」と「人生」であり、今日切り捨てられているのは「経済」、「自由」、そして「常識」である。真に悲しむべきは、訪日旅行者数が60%に減少することで日本が経済的損失を受けることではない。悲しいのは、中国人がいまもなお、この「拍脳門治国」の影の中で生きざるを得ない現実である。
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