中国共産党軍隊の権力中枢を支える「二本柱」とされてきた中央軍事委員会副主席の張又俠と、軍委参謀部参謀長の劉振立が、突如として同時に失脚した。さらに異例なのは、当局による発表のスピードが極めて速く、かつ処分の性格付けが前例のないほど厳しい点である。
張又俠の調査理由については、海外のインターネットやメディアでさまざまな情報が飛び交っているが、真偽は判然としない。電撃的に失脚が公式発表された張又俠は、いったい何をしたのか。
中国民主運動の指導者である盛雪氏は、中国国内にいる関係筋の話として、張又俠と劉振立はクーデター未遂に関与したとして拘束されたと明かした。盛氏によれば、事件現場とされる北京西部の「京西賓館」では銃撃戦が発生し、習近平側で9人の死傷者、張又俠側で20人以上の死傷者が出たという。
また、独立系評論家の蔡慎坤氏は1月26日、消息筋の話として、約1か月前に張又俠が習近平に面と向かって反論し、脅迫とも取れる発言を行ったことが、拘束への伏線になったと指摘した。
こうした非公式情報に加え、今回の件で注目されるのが、公式発表の異常な速さと、前例のない厳しい表現で張又俠らを糾弾している点である。
中国軍機関紙「解放軍報」は24日深夜に掲載した社説の中で、「深刻」という表現を5回連続で用い、いずれも軍に対する指導体制に関わる問題であると強調していた。
前任の中央軍事委員会副主席・何衛東については「党が銃を指揮する原則と軍委主席責任制を深刻に破壊した」と批判されたが、今回、張又俠に対してはさらに踏み込み、「軍委主席責任制を深刻に踏みにじり、破壊した」とされ、「踏みにじる(中国語:踐踏)」という表現が初めて使われた。
これについて、台湾国防安全研究院の研究員・沈明室氏は、「第一に、五つの『深刻』の中に腐敗(汚職)への言及がなく、汚職問題ではないと考えられる」と分析。「第二に、三中全会以降、習近平の権力が希薄化する中で、張又俠は習主導の軍事改革を修正しようとする動きを見せていた。軍の重要政策、特に台湾への武力行使を巡っても、両者には明確な意見の違いがあった」と語った。
「さらに、張又俠が中央の意思決定・調整機構やいわゆる『長老派』と連携し、習近平の早期退陣を図った可能性もある」
2024年8月29日、張又俠はアメリカのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)と会談した際、異例ともいえる満面の笑みを見せていた。これに加え、習近平の脳卒中説や、四中全会前に「習近平礼賛」の文章が相次いで削除された一連の動きから、張又俠が長老派と手を組み、習近平の権力を空洞化させるのではないかとの見方が広がっていた。
沈氏は、「本来、四中全会の2〜3日前に『9人の上将が粛清または解任される』という動きは、習近平を退陣に追い込む狙いだった」との見解を示した。
「しかし、長老派と張又俠の間で意見が一致せず、四中全会での退陣の要請は実現しなかった。その後、京西賓館で習近平を退陣させる方法が協議され、武力行使の可能性も排除されていなかったとされる。これはメディア報道に基づく話だが、信憑性は高い」
「ただし、会議参加者の一部が情報を習近平側に漏らし、習近平が先手を打って張又俠と劉振立を抑え込んだ」
当局による張又俠への異例の厳しい断罪は、これまで取り沙汰されてきた権力闘争の存在を、事実上裏付けたとの見方もある。わずか2年足らずで、張又俠は笑顔の表舞台から一転、失脚の淵に立たされた。
オーストラリアのシドニー工科大学副教授の馮崇義氏は、軍内部での粛清が進む中、「彼らには『自分だけは大丈夫』という甘い認識があった。結果として一人ずつ習近平に各個撃破され、反腐敗の名目で排除された。あまりに無様だ」と語った。
元深センのNPO創設者で、現在はメディア編集長の艾時誠氏も、「共産党内部の権力闘争や粛清、派閥間抗争、噂は尽きないが、その根底にあるのは習近平個人の野心だ」と指摘。「憲法改正以降、その姿勢はますます露骨になり、党と国家は『習家の天下』の様相を呈している。彼は周囲のすべてを潜在的な敵と見なしており、権力中枢や支配層全体が疑心暗鬼に陥っている」と述べた。
『解放軍報』の社説は、張又俠と劉振立の摘発が、軍内部の闘争における「難関攻略戦・持久戦・総力戦」にとって重要な意義を持つとも主張している。
張又俠の次に、当局の照準が誰に向けられるのか。外部の注目が集まっている。
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