米軍は機密解除した軍事映像を公開し、米軍の現代史上、最大規模かつ最も危険な戦闘捜索救難(CSAR)作戦の一つの全容を明らかにした。
今年4月3日、米軍のF-15E戦闘(コールサイン「Dude 44」)が、イラン中部イスファハン付近で攻撃任務を遂行中、イラン側の携帯式地対空ミサイルによって撃墜された。搭乗していた2人は撃墜直前に緊急脱出したものの、イラン領内に取り残され、約50時間に及ぶ大規模な救出作戦が始まった。
パラシュート損傷 敵地で約2日間耐える
操縦士の「Dude 44 Alpha」(少佐)と、後席の兵器システム士官「Dude 44 Bravo」(大佐)は脱出後、約5マイル離れた場所にそれぞれ降下した。
しかし、Bravoのパラシュートは爆発で損傷し、完全には開かなかった。このため、時速約112~161キロの速度で地面に衝突し、脊椎、腕、肩を骨折したほか、足首の捻挫や頭部の複数の切り傷を負った。
Bravoはその後、米CBSニュースのインタビューで、パラシュートが損傷しているのを目にした瞬間について「人生で最も恐ろしい瞬間だった」と振り返り、生き延びられたのは奇跡だったと語った。
墜落後、イラン革命防衛隊(や現地の武装勢力が周辺で捜索を開始し、Bravoの潜伏場所から数百メートルの地点まで迫った。
Alphaは墜落から6時間以内に、米軍のヘリコプター部隊によって銃撃戦の中で救出された。一方、Bravoは地形と敵側の包囲に阻まれ、単独で現地に残された。
Bravoは激痛に耐えながら、標高約2133メートルの尾根まで移動して身を隠した。水も食料もない状態で約2日間を耐え抜き、暗号化通信機器を使って「負傷しているが、まだ移動している」「神様は素晴らしい」と司令部に伝え、生存を知らせた。
CIAも参加 155機を投入した大規模救出作戦
Bravoが敵側に拘束され、政治・軍事上の危機につながるのを防ぐため、米軍とCIAは大規模な救出作戦を開始した。
CIAはイラン国内で「米軍はすでに海岸から搭乗員を救出した」とする偽情報を流し、イラン側の捜索部隊の一部を別の地域へ移動させたという。
同時に、米中央軍はB-2、B-52爆撃機、F-35戦闘機、AC-130ガンシップ、ドローンなど計155機を投入。Bravo周辺のイラン側武装勢力を精密攻撃し、救出部隊の進入経路を確保した。
米軍はさらに、イスファハン南部にある放棄された砂漠の農業用滑走路を確保し、前方武装・給油拠点として使用した。
さらに、SEALチーム6やデルタフォースを含む特殊作戦要員92人をイラン領内に投入した。米軍がイラン領内に地上部隊を展開したのは、1980年の「イーグルクロー作戦」以来となる。
約50時間後に救出
4月5日の復活祭の早朝、米空軍の精鋭救難隊の隊員2人がMH-6「リトルバード」ヘリコプターで尾根に降り立ち、負傷していたBravoと合流した。
Bravoは救助隊員を目にした瞬間について「人生で最も素晴らしい瞬間だった」と振り返った。隊員に対して口にした言葉は「行こう」の一言だったという。
しかし、撤収も難航した。
大型輸送機2機が臨時の砂漠滑走路に着陸した際、着陸装置が砂地に沈み込み、離陸できなくなった。このため、90人を超える米軍要員とBravoが再びイラン領内に取り残された。
米軍はその後、別の秘匿性の高い輸送機を投入して撤収を続けた。機密技術がイラン側に渡るのを防ぐため、撤収前には使用不能となった救難機やヘリコプターを現地で爆破した。
墜落から約50時間後、Bravoは米軍基地へ無事帰還した。
米軍高官はその後、救出作戦が成功したことを明らかにした。トランプ大統領も自身のSNSに投稿し、作戦の成功を祝った。
一連の救出作戦は、米軍の軍種をまたぐ連携と、「兵士を一人も見捨てない」とする姿勢を示すものとなった。
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