中国で長年、当局への抗議活動を続けてきた反体制活動家かつ企業家の沈啓家氏(65)が、逮捕を逃れるため国外に脱出し、ドイツで庇護を申請している。クロアチア国境付近では山中を徒歩で越え、何度も転倒しながらスロベニアに入ったという。
9月上旬のある深夜、沈啓家さんは、体力をほとんど使い果たした状態で、クロアチア国境近くの山中を必死に進んでいた。
同行者とはぐれたため、真っ暗で見知らぬ山の中を1人で歩くことになった。周囲は崖だらけで、山道は厚さ50センチほどの落ち葉に覆われていた。足を踏み外した際には、そのまま5、6メートル転げ落ち、危うく崖から転落しかけた。腰を負傷し、両脚の皮膚も木や枝で広い範囲が傷ついた。
スロベニア国境まで残り200メートルというところで、体力は限界に達した。両脚に力が入らず、立つこともできなくなり、何度も転倒した。最後は手足を使って這うように進み、ようやくスロベニアに入った。
休憩施設に着いても、沈啓家さんに喜びはなかった。むしろ悲しさが込み上げた。
「中共(中国共産党)が人々をここまで追い詰めたからこそ、こんな悲惨な逃亡が起きる」
逮捕が迫っていると知り、その夜のうちに逃亡
民間企業家の沈啓家さんは26年前、数百万元相当の資産を当局に奪われたと訴え、陳情活動を続けてきた。北京には300回余り陳情し、118日間拘束されたという。
沈さんは「驚雷」というアカウントで、ウェイボーや快手、douyinなどのSNSに当局を批判する投稿を続けていた。多くのフォロワーを持つこれらのアカウントはすべて停止された。警察も何度も自宅を訪れ、発言を控えるよう圧力をかけたという。
沈さんによると、8月26日夜、当局による逮捕が迫っていると知った。家族に別れを告げる余裕もなく、わずか20分ほどで住居を離れ、夜陰に紛れて車で数百キロを移動し、国境へ向かった。
意外だったのは、出国が驚くほど順調だったことだという。
「とても不思議で、思いがけないほど順調だった。本当に運が良かった」
中国を出た時、ようやく肩の力が抜けたという。
「中国を出た時、ようやく生きて逃げ切れたと思った。ついに中共という監獄から逃げ出せた」
出国後も沈啓家さんは休まず移動を続け、クロアチアと国境を接するボスニア・ヘルツェゴビナのビハチに到着した。そこからスロベニアを目指したが、最初の越境は失敗に終わった。
2度目の山越えで越境 警察犬に体当たりされ負傷
沈啓家さんが選んだルートは、クロアチアを通過しなければならない。そのためには標高約1千メートルの山を越える必要があり、斜面の傾斜は70~80度ほどだったという。
十数キロに及ぶ水や荷物を背負って進むため、若者でも厳しい道のりだった。
「ほとんど立っていられないほどだった。体もひどく傷つき、脚は見るに堪えない状態で、腰も痛めた」
ようやく山を越えたものの、1号道路でクロアチア警察に阻止された。
沈啓家さんは4人の警察官と2頭の警察犬に囲まれた。
「口輪を付けた大型犬を遠くから走らせ、勢いをつけて体当たりさせた。2回倒され、腰を負傷した」
その後、一行はやむなく出発地点へ戻った。
「最初の失敗は、心身ともに大きな打撃だった」
それでも沈さんは諦めなかった。しばらく休んだ後、再び山を越え、1号道路を越えて、ついにスロベニアに入った。
「深い山の中では絶望したこともあった。山を登っている途中で5、6メートル下まで転げ落ち、腰が折れたかと思うほど痛めた。夜は真っ暗なうえ、周囲は崖だらけだった。一歩間違えば、深い谷底に転落していた」
何度転んでも、そのたびに起き上がった。
沈さんは「何としても外へ出る」と決意していたという。
「死ぬなら死ぬまでだ、という覚悟だった。あとは運に任せるしかない。神が助けてくれているように感じた」
「私はもう65歳だ。たとえ死んでも、魂だけは自由な世界へ届けたい。一生、中共の刑務所のような統制下で生きたくない」
道中で多くの中国人と遭遇
沈さんによると、越境の途中で多くの中国人に出会ったという。
家族4、5人で幼い子供を連れて移動する人、父娘、70歳近い高齢者、若者など、さまざまな人がいた。
中国を離れる理由もそれぞれだった。収入や仕事の機会を求める人、子供の将来を考える人、当局からの圧力を受けて離れざるを得なくなった人もいたという。
ビハチでは、沈さんは父娘に出会った。2人も最初の越境に失敗していた。
娘は19歳で、両脚を茂みで広い範囲に傷つけていた。父親は沈さんのフォロワーでもあった。
娘はこのように語った。
「中国にいたくない。勉強にあれだけお金を使ったのに、仕事が見つからない。外に出れば、学んだことを生かせる場所があると思う」
「中国は不平等だ。富裕層や高官の家庭に生まれた人たちのように、将来が保証されているわけではない。私たちは努力しなければならないが、その努力が報われることはほとんどない」
「1回で成功しなければ2回、2回でだめなら3回挑戦する。とにかく逃げ出したい」
父親も「娘の将来のためだ」と話した。
沈さんは道中、ある宿泊施設に中国人が50~60人ほど滞在していたとも聞いた。
現地の関係者によると、2026年上半期だけで、自身が対応した越境中の中国人は150人を超えたという。
沈さんは「外に出て機会を求めようとする中国人が、ますます増えている」と話す。
同行者には若者が多く、中国国内の就職難や激しい競争を理由に、海外で新たな機会を求める人が少なくなかったという。一方、当局による圧力や迫害を受けて中国を離れた人もいた。
沈さんは、道中で多くの中国人が故郷を離れ、命の危険を冒して国外へ向かう姿を見たとして、「とても悲しい。中国人がここまで追い詰められている。中共の統治にますます絶望し、希望が見えなくなっているからだ」と語った。
ドイツで庇護申請 中国から逃れる人を支援したい
現在、沈さんはドイツの難民施設に入り、庇護を申請している。
沈さんは、ドイツに到着しても反共の意思は変わらないと述べた。生活が落ち着いた後は、中国本土から逃れようとしている人々を実際に支援したいという。
急いで家を出たため、妻に別れを告げることもできなかった。
その後、妻とビデオ通話をした沈さんは、涙を流しながら「妻にはどうか体を大切にしてほしい。時機が整えば、時機が整えば、妻もこちらに呼び寄せたい」と話した。
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