セルビア議会選で、学生主導の新勢力「学生名簿」が過半数を獲得し、政権交代への道を開いた。運動の発端は、中国共産党(中共)の「一帯一路」関連事業で改修されたノビサド駅のひさし崩落事故。汚職や契約の不透明さへの抗議が、長期政権を破る力に変わった。
セルビアの選挙で、12年にわたって政権を維持してきた与党が大敗し、政権交代が確実となった。中国やロシアとの関係を重視してきたアレクサンダル・ブチッチ氏の政権に対し、大学生や大学教授、各分野の専門家らが集まった新勢力「学生名簿(Student List)」が支持を広げた。得票率は52%を超え、議席の過半数を獲得した。
開票が進むなか、ブチッチ氏は「われわれはこの選挙に敗れた。敗北はもはや決定的である」と認めた。
この結果について、現代政治史でも極めて異例の出来事だ。既存政党同士の政権交代ではなく、2年前に反政府デモを通じて支持を広げた学生連合が、強い支持基盤を持つ与党を破ったためである。
ノビサド駅で起きた崩落事故が、ブチッチ政権への信頼を大きく損なった。事故は、中共の「一帯一路」構想に関連する改修工事が終わってから、わずか4か月後に起きた。この事故が、ブチッチ氏の任期途中での大統領辞任や、選挙の前倒しにつながる大きな要因になったという。
イギリス紙ガーディアンとヨーロッパのニュース専門局ユーロニュースは、ハンガリーで中国やロシアに近い勢力が後退したのに続き、セルビアでも政権交代が確実となったことに注目した。ヨーロッパで、欧米との関係を重視する動きが再び強まっている可能性があると分析した。
ノビサド駅崩落事故とは 「一帯一路」関連工事との関係
2024年11月1日、セルビア北部のノビサドにある鉄道駅で、コンクリート製のひさしが崩落した。16人が死亡し、複数人が重傷を負った。
この駅は、ハンガリーとセルビアを結ぶ鉄道の重要な拠点である。中共は、この鉄道をバルカン半島で進める「一帯一路」構想の中心的な事業と位置づけている。
改修工事は、中国の国有企業「中国鉄路国際(CRIC)」と「中国交通建設(CCCC)」の企業連合が請け負った。多額の費用を投じて改修し、駅の利用が再開されてから、わずか4か月で事故が起きた。
セルビアの近代化と中国との協力の成果を示すはずだった駅で、多くの命が失われた。このことが、国民の強い怒りを招いた。
事故への抗議が全国へ 学生主導の運動が広がった背景
事故後、各地の大学の学生や教授らが相次いで抗議行動を始めた。当初はインフラの安全確保や関係当局の責任追及を求めていたが、やがてブチッチ体制そのものに抗議する大規模な運動に広がった。
ブルームバーグは、ブチッチ政権が経済成長を実現する一方、行政権限を使い、通常の公共入札の手続きを避けることが多かったと報じた。事業の発注では、「公開入札ではなく、業者との直接契約を採用していた」という。契約手続きの不透明さや行政が十分に機能していないことから、社会の幅広い層に汚職への疑念が広がった。
学生たちは大学を占拠し、「全体会議(プレナム)」で方針を決めるなど、特定の指導者に権限を集中させない形で運動を進めた。抗議の声を、具体的な政治改革の要求につなげていった。
運動は収まるどころか、医師や弁護士、教師、スポーツ界の著名人らにも広がった。こうして、既存の政治家を一切含まない「学生名簿」が結成され、2026年に前倒しとなった選挙に臨んだ。
学生勢力はなぜ勝てたのか 汚職批判と政治改革への期待
イギリスのBBCは、ベオグラード大学で政治学を教えるネボイシャ・ブラディサブリェビッチ教授(Nebojša Vladisavljević)の分析を紹介した。
「これは単なる選挙の勝利ではない。権威主義政権と政治体制全体を押し流す雪崩である」
「学生名簿」は、汚職の撲滅や、特定の企業などを優遇した契約の検証を主要政策に掲げた。公共メディアの政治的な支配からの独立も訴え、幅広い支持を集めた。
選挙結果が明らかになると、セルビア各地で人々が街頭に集まり、勝利を祝った。人々は踊り、「勝利だ」と声を上げた。車のクラクションが鳴り、夜空には花火が上がった。ある学生はBBCに「セルビアは自由になった。まるで奇跡だ」と語った。
ブチッチ氏は大統領を2期務めており、3期目を目指すことはできなかった。このため、セルビア進歩党(SNS)を率いて前倒し選挙に臨み、首相への復帰を目指していた。しかし、開票が進んだ10月25日の日曜夜、自党の敗北は「決定的だ」と認めた。
「学生名簿」の中心人物、イリヤ・スルダノビッチ氏(Ilija Srdanovic)は、BBCセルビア語放送の取材に次のように語った。
「意志さえあれば変革は可能だと、私たちは証明した。明日からは法の支配を立て直し、この国を圧政から解き放つ」
ロイター通信によると、「学生名簿」の候補者ラドミル・サイチッチ氏(Radomir Saicic)は、勝利を祝う演説で次のように述べた。
「セルビアの人々は、自らの意志の実現を阻む壁などないと証明した。自分たちの運命を自ら決めようとする国民を、永遠に抑え込める力など存在しない」
市民のセレナ・レボビッチさんも、ロイター通信に喜びを語った。
「みんな泣いている。こんなに順調に事が進むなんて信じられない。本当に夢のような結果だ」
この勝利には、欧米からも歓迎の声が相次いだ。欧州連合(EU)のマルタ・コス欧州委員(拡大担当)は、欧州委員会を代表して祝意を示し、次のように述べた。
「セルビアは新たな一歩を踏み出すことができる。EUへの扉は開かれている。私たちには、共に前進する用意がある」
新政権の課題 大型契約の検証と首相選び
今回の選挙は、公共工事の品質や政府の汚職に対する国民の不満が、学生主導の運動を通じて、権威主義体制を揺るがす力になり得ることを示した。
ただし、新政権には多くの課題がある。ブルームバーグによると、「学生名簿」は政権発足後、ブチッチ政権が結んだ大型契約を全面的に検証し、独占の是正に取り組む方針である。
外国投資家への国有資産の売却も問題視している。鉱物資源などを自国で管理する権限を取り戻すことを、優先課題に掲げている。
このため、これまで政府が結んだ外国からの大型投資に関する契約や、インフラ整備の契約は、厳しい審査や見直しの対象になるとみられる。
一方、当面の焦点は、「学生名簿」から誰が首相に就くかである。同団体は、権力の集中を避けるため、単独の指導者を置いてこなかった。このことが、組閣の遅れにつながる可能性もある。
大統領選挙は12月に実施する見通しで、現在はアナ・ブルナビッチ国会議長が大統領職を代行している。
新政権への移行に加え、周辺国との関係にも変化が見込まれるなか、セルビアの今後に国際社会の関心が集まっている。
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