「人助け」は本来、美徳のはずである。
しかし今の中国では、倒れている人を助けることにためらいがつきまとう。
福建省莆田市で2025年3月、自転車で走行中の女性がカーブで転倒した。そこへ通りかかった女子中学生2人が電動バイクを止め、倒れた女性を起こして手助けした。

ところが女性は、「2人の車両を避けようとして驚き、転倒した」と主張。治療費の賠償などとして約500万円を求め、提訴した。
警察は周辺の監視カメラ映像を確認し、「接触のない交通事故」と認定。映像では物理的な接触は確認できなかった。ただし、少女側が右側通行を徹底していなかったことや16歳未満で電動バイクを運転していたことなどから、一定の責任があると判断した。
学生の母親は中国メディアの取材に対し、「娘は恐怖と混乱の中にいる」と語った。
このニュースが広がると、多くの中国人が「またか」とため息をつき、関連話題は2月19日に中国のSNSでトレンド入りした。
実際の医療費は2万元余り(約40万円)で、請求額がその10倍以上にあたることから、「金額が不自然だ」との疑問が噴出。「社会の善意を踏みにじる行為だ」と女性側を批判する声や、「生徒側が逆に訴えるべきだ」との意見も広がった。
さらに一部の弁護士も、今回の請求額について「事実や法的根拠に乏しい」との見解を示している。

そして最新の進展として、女子生徒の母親が2月21日、中国メディアに対し「すでに妥当に処理され、原告側は訴えを取り下げた」とした。母親は、自身がSNSに投稿していた関連内容も削除し、「これ以上この件で公共の関心を占めたくない」と語っている。
訴えは取り下げられたものの、議論は収まっていない。
中国のSNSでは「善意が代償を求められる社会なのか」との声が相次いだ。
背景には、2006年の南京で起きた「彭宇事件」がある。倒れた高齢女性を助けた若者が逆に訴えられ、賠償を命じられた出来事だ。この事件以降、「助けると損をするかもしれない」という不安が社会に広がったと指摘する。
今では、人を助ける前にスマートフォンで動画を撮り、自分に責任がない証拠を残そうとする人も少なくない。中には、警察に先に通報し、立ち会いのもとで救助するという慎重な行動を取る人もいる。
今回の提訴は撤回された。しかし、「助けた側が自らを守らなければならない」という空気は消えていない。
なぜ中国では、人を助けることに勇気が必要になってしまったのか。その問いは、いまも重く残っている。
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