中国・蘇州で22、23両日に開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)貿易相会合の裏で、中国共産党(中共)が「包括的及び先進的環太平洋連携協定(CPTPP)」の関連行事を主催する異例の事態が進行した。時事通信が報じた。
議長国を務める中国は、日中韓やASEAN諸国も参加する「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」との対話と位置付け、自ら主催する形で「RCEPとCPTPPの対話」という名目の会合を設定し、その場にCPTPP加盟国を招待したが、中国はCPTPPの非加盟国であり、事前承認など正規の手続きを経ていなかった。
CPTPP加盟国の間では、「無断開催」とも言える今回の動きを巡って懸念と困惑が広がっており、各国で対応が協議されている
CPTPPは、米国が離脱した後の自由貿易の旗印として、日本が主導して立ち上げた枠組みであり、前身の環太平洋連携協定(TPP)は2016年に米国を含む12か国で署名されたが、翌2017年にトランプ第1次政権が離脱を表明し、発効が困難となった。
その後、日本が残る11か国の交渉をまとめ、名称を変更して2018年12月にCPTPPとして発効した。2024年12月には英国が原署名国以外で初めて加入し、現在は12か国体制となっている。国有企業規律、労働、デジタル貿易などの分野で高水準のルールを備え、アジア太平洋地域における自由で公正な貿易秩序の到達点とされる。
中国が今回の行事開催に踏み切った表向きの狙いは、CPTPP加入の正当性を得ることにあるとみられる。中国は2021年9月に加入を正式申請したが、交渉入りには至っていない。トランプ第2次政権下で米国が保護主義的な姿勢を強める中、中共は国際会議の場で自由貿易の重要性を訴え、自らを通商秩序の「庇護者」として印象付けようとしている。APEC議長国の立場を利用して行事を主催することで、CPTPP加入への糸口を探るとともに、アジア太平洋地域の多角的貿易体制における自国の影響力拡大を狙ったとみられる。
一方、中国の狙いは対外的なアピールにとどまらない。独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の分析によれば、中国のCPTPP参加表明の背後には、「渉外法治工作」の強化と、「制度に埋め込まれたディスコースパワー(制度性話語権)」の獲得という国家戦略が存在する。
中共指導部は、米国主導の既存の国際秩序に対して強い「不安全感」を抱いているとされる。この不安全感を克服するため、中国は国際ルール形成に積極的に関与し、自国に有利なルール体系を構築して相手に受け入れさせる能力、すなわち「制度に埋め込まれたディスコースパワー」を高めようとしている。
経済産業研究所は、中国が既に発効したRCEPに加え、CPTPPにも参加することを、将来的なアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構築に向けた国際ルールメイキング主導権確保の重要な布石と位置付けていると指摘している。今回の蘇州会合でも、中国はCPTPPなど巨大自由貿易協定の拡張によるFTAAP実現を共同声明に盛り込みたい意向だったとされる。
ただ、CPTPPが求める高水準ルールと中国の国内体制との間には依然として大きな隔たりがある。RIETIによれば、国有企業の競争中立性、結社の自由を認めず強制労働懸念が指摘される労働環境、情報の越境移転制限やデータローカライゼーションを禁じる電子商取引などの分野で、中国が現行協定に適合することは極めて困難である。中国は国有企業改革や補助金体系の国際慣例化を進める姿勢を示す一方、国家の経済安全保障を担保する手段として国有企業を活用する方針も維持している。
加入交渉の手続き面でも、中国にとっての障壁は高い。CPTPPの加入プロセスは、加入要請国が高水準ルールを満たす用意があること、貿易コミットメントを遵守してきた実績を示すこと、締約国のコンセンサスを得ることを柱とする「オークランド三原則」に基づく。
2025年11月にメルボルンで開催された第9回CPTPP委員会では、ウルグアイとの加入交渉開始が決定され、フィリピン、インドネシア、アラブ首長国連邦(UAE)の3か国も2026年に手続きを開始し得る候補として特定された。一方、中国の加入申請については、作業部会設置に至らない「見送り」状態が続いている。
それにもかかわらず、中国が今回のような強引な動きを見せる背景には、加入交渉において安全保障例外などの例外規定や国別留保を幅広く活用できるとの見方を持っている可能性が指摘されている。また、厳格な条件受諾が求められるCPTPP加入そのものよりも、既存の通商ルールに揺さぶりをかけ、グローバル経済ガバナンスにおける対外的影響力を誇示すること自体を重視しているとの見方もある。
今回の行事開催は、議長国でも加盟国でもない中国が、CPTPP加盟国を招待して関連行事を主催する極めて異例の行為といえる。CPTPP、RCEPはいずれも全会一致を原則としており、こうした手続きを無視した動きに対しては、一部加盟国から「CPTPPの運営に反する行為」との反発も出ている。今後の加入交渉への影響や、中国がAPEC貿易相会合で目指した共同声明採択への悪影響も懸念されている。
日本が主導して築き上げた高水準の自由貿易枠組みは、非加盟国による「横からの干渉」とも言える揺さぶりに直面している。一連の動きは、中共政府が多国間枠組みのルールを自国の影響力拡大の手段として利用しようとする姿勢を浮き彫りにしている。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。