17歳で香港のために声を上げ、「雨傘運動」の顔となった黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏。
20代の多くを獄中で過ごし、ようやく出所が見えていた。しかし新たな罪を認め、最高で終身刑も。
12年で、彼と香港に何が起きたのか。
国安法違反で「有罪」へ
2014年の「雨傘運動」で世界に知られた黄氏(29)は、約6年に及ぶ収監を経て、2027年1月には現在の刑期を終える予定だった。しかし、出所を前に新たな刑期が加わる可能性が出てきた。
黄氏は2日、香港高等法院(高裁)で、外国に中国や香港への制裁などを求めたとして、香港国家安全維持法(国安法)違反の罪を認めた。
この罪は通常、禁錮3年以上10年以下。「重大」と判断されれば10年以上、最高で終身刑となる。判決は後日言い渡される。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの中国部門責任者、サラ・ブルックス氏は、黄氏への起訴について、当局が民主化を求める声の広がりを恐れている表れだと批判。長期収監によって、香港の市民活動を封じ込めようとしていると指摘した。

香港のために声を上げた少年
黄氏は10代から民主化運動に参加し、2014年の「雨傘運動」を主導した一人。運動開始時は17歳で、その「顔」として世界的に知られるようになった。米誌「タイム」国際版の表紙を飾り、同誌の「世界で最も影響力のある10代」の一人にも選ばれた。2018年には米議員らからノーベル平和賞に推薦された。
2019年には米議会で香港の人権状況について発言し、「香港人権・民主主義法」の成立を訴えた。中国当局は、こうした黄氏の活動を「反中」として強く批判してきた。
今回の裁判には、傍聴を求めて前夜から並ぶ市民もいた。複数の欧米外交官も傍聴した。

2014年、黄氏は香港の未来を変えようと街頭に立った。それから12年。民主派勢力は議会でほぼ姿を消し、多くの活動家が収監され、あるいは香港を去った。民主派メディアも相次いで姿を消した。
言論や政治活動を取り巻く環境も一変し、かつて自由と活気で知られた香港について、民主派や海外からは「香港は死んだ」と嘆く声が広く聞かれるようになった。
自分たちの代表を自分たちで選び、自由に声を上げられる香港を求め、青春を懸けた少年は獄中へ。その間に、彼が守ろうとした香港もまた、かつての姿を失っていった。

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