カナダ・アルバータ州で独立運動が急拡大している。住民投票やアメリカ編入論が現実味を帯び、カナダ分裂と北米の地政学的変化が注目されている。
自由党辛勝の背景とアルバータ州の反発
カナダで行われた総選挙において、左派の自由党が168議席を獲得し、マーク・カーニー氏が次期首相の地位に就く見通しとなった。ただし、過半数の172議席には届かなかったため、他党との連立が必要な状況である。
一方、保守党は144議席を得て前回より24議席増加したが、政権交代には至らなかった。極左の新民主党は25議席から7議席へと激減し、党首ジャグミート・シン氏は自身の選挙区で敗北し、辞任を表明した。緑の党は1議席のみ確保し、存在感が薄れつつある。ケベック州を基盤とするケベック党は23議席を維持した。
自由党の勝因は、オンタリオ州とケベック州の2大票田での圧勝によるものである。この両州には合計200の選挙区が存在し、自由党がほぼ独占した。
保守党はアルバータ州で圧倒的な支持を得ており、37議席中34議席を確保した。また、ブリティッシュコロンビア州では自由党との激戦を展開した。
自由党が勝利したとはいえ、議会の過半数を押さえていないため、新首相カーニー氏の立場は盤石とは言えない。
議席数の増減に注目すると、自由党は16議席増やしたのに対し、保守党は24議席増やしており、右派勢力の伸長が明らかである。
とりわけ若年層の支持が保守党に集中している。18~34歳の層では保守党支持率が44%に達し、自由党の31.2%を大きく上回った。若年層の男性に限ると、その支持率は50%を超える。
今回の選挙では、極左層の有権者による「戦略的投票」が重要な要因となった。新民主党の支持者は保守党の躍進に危機感を抱き、自由党に票を集中させた。この動きによって自由党は議席を伸ばしたが、その代償として新民主党と緑の党の勢力は縮小し、左派陣営の内部に亀裂が生じている。
最も注目すべき出来事は、選挙結果の発表から24時間も経たない4月30日に、アルバータ州のダニエル・スミス州知事が独立住民投票に関する重大な発表を行った点である。州政府は住民発議法を改正し、独立住民投票に必要な署名数を60万から17.7万に引き下げ、署名収集期間も延長した。
そして5月1日、アルバータ州は1日で17.7万の署名を集め、独立住民投票の手続きを正式に開始した。この事実は、アルバータ州民が連邦政府、特に自由党政権の方針に対して深い不満を抱いていることを物語っている。こうした急展開によって「スピード離婚」が現実味を帯びてきた。
スミス知事の統合保守党は「主権ファイアウォール」計画を打ち出し、次の四つの施策を掲げた。第一に、カナダ王立騎馬警察の代替として州警察を創設し、治安維持の権限を州に取り戻す。第二に、連邦政府による税の徴収を拒否し、州が自ら税を徴収する。第三に、アルバータ州独自の年金制度を設け、カナダ年金制度から脱退する。第四に、独自の移民法を整備し、移民政策を州で管理する。
これらの方針はいずれも、カナダ連邦政府の中枢に切り込むものであり、アルバータ州を事実上の「小国」へと変貌させる構想である。
アルバータ州はカナダ経済の柱であり、カナダの石油埋蔵量の80%以上を保有し、世界第2位の規模を誇る。2024年のカナダ統計局の発表によれば、同州の石油・天然ガス産業は国内総生産の12%を占め、名実ともにエネルギー大国としての地位を確立している。
しかし、アルバータ州民は自由党政権のエネルギー政策を抑圧的と見なし、不満を強めている。理不尽な炭素税や採掘規制は、石油産業の利益を損ない、州民に従順を強いる試みと解釈されている。
具体的には、炭素税の導入により石油企業の運営コストが急増し、2024年にはアルバータ州の石油産業の利益が2020年比で15%減少した。その結果、多くの中小エネルギー企業が事業継続を断念する事態となった。
さらに、アルバータ州民は連邦政府による均衡補助金制度の配分にも不公平感を抱いている。
均衡補助金とは、カナダの財政政策の一環であり、豊かな州の税収を貧しい州へ移転し、医療や教育といった公共サービスを支援する制度である。アルバータ州は石油産業に支えられた経済力を背景に、毎年全国税収の約20%を拠出しているが、その多くが東部のケベック州やノバスコシア州に配分されている。アルバータ州民の間では、自らが十分な見返りを受けていないとの不満が根強い。
アルバータ州民の独立志向は、今回が初めてではない。1980年代には「西部独立党」が同様の主張を掲げ、1995年および2014年にも独立を問う住民投票が行われたが、いずれも支持を集めきれずに終わった。今回、スミス州知事が住民投票の要件を緩和した背景には、過去の教訓と、自由党政権が発足直後で基盤が脆弱な今こそが好機であるとの判断があるとみられる。成功すれば独立の道が開ける可能性があり、たとえ独立に至らなくても、左派政権の「疑似共産主義」的な政策を見直させ、アルバータ州に有利な政策的譲歩を引き出す狙いがある。
自由党側の視点では、カーニー氏は「反トランプ」を掲げて選挙戦に勝利したが、西部ではほとんど支持を得ていない。とりわけアルバータ州およびサスカチュワン州では、保守党が議席の92%以上を占めた。カナダ東部の住民はカーニー氏を高福祉と政治的正しさを体現する「救世主」と見なしているが、西部の住民は彼を「怠け者を優遇し、勤勉な者を不利に扱う政治家」と見ている。
カナダ分離の手順詳細解説 アメリカ第51州になるのは夢ではない
こうした東西の対立には、歴史的背景がある。1867年の建国当初、連邦政策はオンタリオ州とケベック州を中心に策定され、西部諸州は「荒地」とされ、人口も少なく、政治的影響力も限定的であった。しかしその後、西部の開発が進み、特にアルバータの石油産業が成長すると、西部の経済的貢献は飛躍的に拡大した。それにもかかわらず、連邦政府の「東部優先」の姿勢は一向に変わっておらず、このような構造的な矛盾が解消されない限り、カナダにおける分裂のリスクは今後も高まり続ける。
カーニー新首相の掲げる「気候政策」は、カナダ分裂の引き金となる可能性が高い。カーニー氏は国連で気候特使を務め、選挙戦では「グリーン経済」の推進を訴えてきた。しかし、これは石油に依存するアルバータ州にとっては脅威である。もしカーニー氏が就任後も炭素税や石油禁止といった政策を強行すれば、アルバータ州内の独立機運は一層高まり、他の西部州も連帯して行動する可能性がある。
では、アルバータ州が実際にカナダから独立するためには、どのような手順を踏む必要があるのか。このプロセスを整理する。
第一のステップは、住民投票の発起と署名の収集
この段階はすでに完了しており、アルバータ州は1日で必要な署名数を集めた。カナダには「クラリティ法(Clarity Act)」があり、州が独立するには、まず州レベルでの住民投票を実施し、その設問が「明確」であることが求められる。
第二のステップは、州レベルでの住民投票の実施
「クラリティ法」によれば、住民投票には明確な多数の支持が必要とされているが、その「多数」が何%を指すかは明文化されていない。1995年のケベック住民投票では、独立反対派が50.6%の支持を得て勝利しており、少なくとも50%以上の支持が必要であることは明らかである。アルバータ州は、すでに住民投票の署名基準をわずか1日で達成しており、民意の強さがうかがえる。数か月以内に正式な住民投票が実施される可能性があり、支持率が60%を超える場合には、連邦政府もこの問題に真剣に向き合う必要に迫られるだろう。
第三のステップは連邦政府との交渉
アルバータ州で独立住民投票が通過した場合、アルバータ州は連邦政府との間で分離の条件を協議しなければならない。協議の対象には国境、債務分配、軍事配置などが含まれる。「クラリティ法」は、この交渉において合法性と憲法の適合性を求めており、連邦政府は不合理な条件を拒否する権利を持つ。
この段階に至れば、アルバータ州は最大の挑戦に直面することになる。自由党が選挙で勝利し、カーニー新首相は任期中の国家分裂を望まない。そのため、交渉の引き延ばしや住民投票結果の否決といった手段を講じる可能性もある。
最後のステップは独立国家の樹立と国際的な承認の獲得
交渉が成功すれば、アルバータ州は正式に独立し、主権国家となる。ただし、国際社会、特にアメリカやイギリスといった大国の承認が不可欠である。トランプ米大統領の支持が得られれば、承認の難易度は大きく下がるだろう。
アメリカの第51州となる可能性は?
ここで興味深い問題が浮上する。 アルバータ州が独立した後、アメリカの第51州となる可能性はどの程度存在するのか。独立を志向する住民の中には、アメリカへの直接加入を支持する声も多い。アルバータ州の人々には、アメリカへの加入に対する強い経済的動機が存在する。彼らは、トランプ氏の「エネルギー自立」政策を挙げ、アルバータ州がアメリカに加入すれば、石油が巨大なアメリカ市場へ直接アクセスでき、経済的展望が一気に開けると語っている。
さらに、トランプ大統領は今年1月の就任以降、カナダをアメリカの第51州とすべきだと繰り返し主張しており、アルバータ州の加入を歓迎する姿勢を示している。アメリカ国内でも支持の声があり、例えばテキサス州やモンタナ州の一部官僚は、アルバータ州の加入が北米のエネルギー安全保障を強化すると述べている。
ただし、アメリカへの加入は容易ではない
アメリカ憲法は、新たな州の編入に際し、連邦議会の上下両院による承認を求めている。実際、最後に州が追加されたのは1959年のハワイ州であり、その際にも激しい議論が交わされた。
アルバータ州がアメリカに加わろうとする場合、複数の障害が立ちはだかる。まず、カナダ連邦政府は強く反対し、国際裁判所への提訴を試みる可能性がある。さらに、アメリカ国内の民主党も反発するだろう。なぜなら、アルバータ州は保守派の拠点であり、加入によって共和党が議会で優位に立つからである。この問題が現実味を帯びた場合、トランプ大統領はあらゆる手段を駆使する必要があるだろう。
仮にアルバータ州がアメリカの第51州となれば、北米の地政学的構図は劇的に変化する。
まず、アメリカの領土はカナダを超え、世界で2番目に広い国となり、経済力も一層強化される。一方で、カナダはアルバータ州の喪失により資源と経済力が著しく低下し、「アルバータ州を失えばカナダは第三世界国家になる」という発言も現実味を帯びている。
加えて、アルバータ州はアメリカの巨大な市場と豊富な人材の恩恵を受け、急速な発展を遂げることが予想される。こうした「模範の力」は極めて大きく、その影響によりサスカチュワン州など他の西部州が後に続く可能性が高くなる。結果として、アメリカとカナダの歴史において重大な転換点が訪れるかもしれない。
実際のところ、アルバータ州のような経済力と保守的性格を持つ地域がアメリカに加わることは、カナダ全体の加入よりもアメリカの伝統文化の継続性をより確実に保つことにつながり、言い換えれば、アメリカを誤った方向に導く危険性が少ないと言える。
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