中国共産党(中共)当局は近年、「依法治国(法に基づく国家統治)」を統治理念として強調している。しかし、実際の反腐敗運動ではしばしば法的手続きが軽視されているとの指摘が絶えない。とりわけ、軍高官でありながら全国人民代表大会(全人代)代表でもある張又侠や劉振立に対する処分の過程には制度上の矛盾が見られ、中共体制の実態を示す象徴的事例となっている。
今回問題となっているのは、中央軍事委員会副主席の張又侠と、中央軍事委員会統合参謀部参謀の劉振立である。両者は今年1月20日、中央党校で開かれた幹部向け会議を欠席。その後24日、中国国防部は両名が「重大な規律違反および違法行為の疑い」で立件され、審査・調査を受けていると発表した。
しかし、ここで注目されたのはその後の制度的処理である。先月26日、北京で第10期全国人民代表大会常務委員会第21回会議が閉幕し、19人の全人代代表資格の剥奪が発表された。このうち9人は軍の将官だったが、張又侠と劉振立の名前は含まれていなかった。
この結果、両者は依然として全人代代表の身分を保持したまま、当局による立件調査を受けていることになる。
憲法規定との矛盾
中国憲法は全国人民代表大会を「国家の最高権力機関」と位置づけている。理論上、全人代は立法権のほか、国家の重大事項の決定、人事任免、政府機関への監督など、国家統治の中核的権限を持つ。
さらに憲法第74条は、全人代代表の身分保障について明確に規定している。
それによれば、全人代代表は「会期中は大会主席団の許可」「閉会期間中は全人代常務委員会の許可」がない限り、逮捕や刑事裁判を受けないとされている。
しかし今回のケースでは、両名が代表資格を維持したまま調査対象となっている。これは、制度上想定されている手続きと明らかに整合していない。
中共の一党支配体制の下では、こうした憲法規定は実質的に形骸化していると指摘されている。
犯罪容疑をかけられた全人代代表の場合、代表本人に辞任を求める、あるいは代表資格を剥奪した後、司法手続きに移すといった順序で、処分される。本来必要とされる全人代の「逮捕許可」手続きを事実上回避する構造が作られている。
そのため、全人代は実質的な権力機関というより、共産党の決定を追認する機関として機能しているとの批判がある。海外の研究者や中国政治の観察者の間では、全人代はしばしば「ゴム印議会(rubber-stamp parliament)」と呼ばれてきた。
軍高官失脚の典型的パターン
これまで失脚した軍指導部の処理過程を見ても、公式制度とは異なる政治的手順が踏まれるケースが多い。
中央軍事委員会関係者の失脚では、概ね次のような段階が確認されている。
公の場から突然姿を消し、職務解任が発表された後、党籍・軍籍が剥奪され、司法機関への移送されて最終段階で全人代代表資格の剥奪される。この流れは、中央軍事委員会関係者だった房峰輝、李尚福などの事例でも見られた。
本来、全人代代表という身分は一定の法的保護を意味するはずだが、実際には起訴手続きが始まった後に代表資格が剥奪されるケースさえ存在する。制度上の保護機能が、政治的判断によって事後的に調整されている構図が浮かび上がる。
専門家が指摘する「党優位の統治構造」
中国問題専門家の李林一氏は、この問題を党支配の構造そのものに関わる問題だと指摘する。
李氏は「中共は以前からマフィア組織のような性格を持つと言われてきた。同党総書記の習近平は『マフィアのボス』とさえ呼ばれており、党内闘争の中でその手法を極限まで押し進めている。そこには規則や法的手続きへの配慮はほとんどない」と指摘する。
さらに同氏は、「粛清された全人代代表自体も民選ではなく、人民を代表しているわけではない。中共高官もすべて選挙で選ばれた存在ではない。したがって外部は、中国を通常の国家と同じ基準で観察すべきではない」と述べている。
今回の事例は、中共が掲げる「依法治国」という統治理念と、実際の政治運営の間に存在するギャップを改めて示した形となった。
中国政治の観察者の間では、同国の制度を理解する際には、憲法や法律の文面だけでなく、共産党による権力運用の実態を踏まえて分析する必要があるとの見方が広がっている。
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