「軍の食事、たとえば昼食や、日常の訓練スケジュールといった、一見取るに足らない情報であっても、中国共産党のスパイにとっての突破口になり得る」。台湾の裁判官、許凱傑氏は7月10日、アメリカ・ワシントンのハドソン研究所で講演し、このように述べて警戒を呼びかけた。
許氏は講演のなかで、過去10年間に台湾で発覚したスパイ事件について、三つの大きな傾向の変化が見られると指摘した。一見些細に見える情報が、中国共産党による情報収集の対象になっているという。許氏は台湾・台北地方裁判所の国家安全専門法廷(National Security Court)の裁判官で、国家安全やスパイ活動、浸透工作などに関わる案件を主に担当している。
スパイ標的は「高価値」から日常情報へ
許氏は「第一に、標的が『高価値の目標』から『低価値の情報』へと移っている」と述べた。
「これまでスパイ活動は、将軍や機密の兵器技術、レーダー図など、価値の高い目標を狙うものと考えられてきた。しかし今では、ほとんどあらゆるものが、権威主義勢力による浸透の対象になり得る。たとえば、軍の食事や日常の訓練スケジュールのような、一見些細な情報が、中国共産党のスパイの入り口になっている」と説明した。そのうえで、「彼らはLinkedInやFacebook、Instagramといったプラットフォームを利用して、台湾の専門職や官僚に接触している。これは大きな変化だ」と述べた。
2024年、台湾軍で明らかになったスパイ事件がある。元海軍新兵訓練センターの曹長、陳毅閔は、借金を抱えていたことから、「張マネージャー」と名乗る中国共産党の情報員に取り込まれ、スパイ活動に関わったとされている。
2022年4月から2023年2月にかけて、陳は職務上の立場を利用し、携帯電話で機密資料を違法に撮影して中国側に漏えいし、新台湾ドル17万元の報酬を受け取ったとされる。漏えいした情報には、台湾海軍の人事資料や部隊の訓練状況と配置、営舎や軍港、基地の環境を撮影した写真などが含まれていた。
SNSで拡大するネットワーク型浸透
許氏は続いて、「第二に、浸透のやり方が『個人を対象とした勧誘』から『ネットワーク型の浸透』へと変わっている」と説明した。
この「ネットワーク型」の特徴として、「一人が情報を提供するだけでなく、さらに別の人物を勧誘し、関係のネットワークを広げ、階層的で網目状の構造を作っていく点」を挙げた。
許氏は、2024年の台湾総統府憲兵事件を例に取り上げた。台湾の検察当局によると、この事件には、憲兵211大隊の元軍曹の頼氏、元軍曹の黎氏、伍長の林氏、それに国防部資通電軍の上等兵の陳氏が関わっていた。
台湾紙「聯合報」と「自由時報」によると、4人は2022年4月ごろから、所属部隊内の機密文書を携帯電話で撮影し、中国共産党の情報員に送信していた。4人が受け取った報酬の総額は、新台湾ドル184万元に上ったとされる。
台湾の検察当局の調べによると、2023年3~4月から同年8月にかけて、陳は偽名を使ってほかの戦友に対し、軍のデータを提供する意思があるかどうかを探った。そのうえで、現役軍人の連絡先を頼に渡し、頼が黄姓の人物や中国共産党の情報員に転送していたという。
許氏は「これまでは多くのスパイ事件で、被告は1人から3人ほどにとどまっていた。しかし最近では、一つの事件で関わる被告の数が10人、15人、さらには20人に増えている。ネットワーク型の浸透構造が表れている」と述べた。
グレーゾーン化する対台湾工作
さらに許氏は、「第三の傾向として、『明確な犯罪行為』から『法的なグレーゾーンにある活動』へと移っている」と指摘した。
台湾の「鄭氏・両岸交流関係者」の事件を例に挙げた。台湾国防部政治作戦局の資料によると、鄭氏は長年にわたって両岸交流に携わり、中国共産党の対台湾交流組織の幹部を務めていた。中国側は鄭氏に対し、台湾の現役軍人を第三国への旅行に招待し、中国側の関係者との面会を手配して長期的な関係を築くこと、将来、戦争になった場合には「抵抗を消極的にする」よう説得することなどを求めていたという。
別の事例では、台湾の辺氏と林氏の退役中佐が中国でビジネスを行うなかで中国共産党の情報機関に取り込まれ、指示を受けて台湾に戻り、組織づくりを進めたとされる。2人は、無料の航空券や宿泊を提供することで退役軍人を中国に誘い、中共軍の関係者との会合を通じて台湾の軍事機密を探ろうとしたという。
許氏は「多くの同窓会や同郷会、さらには学術研究の分野においても、このような活動が見られる」と述べ、警戒を呼びかけた。

統一戦線と非軍事的浸透の実態
ハドソン研究所中国センターの所長であり、アメリカ海軍兵学校の東アジアおよび軍事史の教授を務める余茂春(Miles Yu)氏は、この日のイベントで、「統一戦線(統戦)は中国共産党にとって最も重要な武器であり、エリート層の取り込みや大規模な浸透、社会的な混乱の創出といった非軍事的な手段を通じて相手に対抗することを目的としている」と述べた。
台湾は、中国共産党によるスパイ活動と浸透工作の主要な標的の一つになっている。
許氏が示したデータによると、台湾当局がスパイ容疑で起訴した人数は、2022年が28人、2024年が168人、2025年が101人となっている。
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