忠義か不義か 献帝を取り巻く人々が現した義

呂布に従った陳宮は曹操に捕らえられたが、曹操に降伏せず、死ぬまで後悔しなかった。これは、国に有力な君主がない時、義の果たし方だ
2021/12/15

童謡が予言していた皇帝の運命と董卓の死 

「帝は帝にならず、王は王にならず、千乗万騎は北邙山を追い駆ける」当時、子供たちに歌われたこの童謡は漢霊帝の死後、最後の二人の皇帝の運命を予言していた。作者は天意の存在を暗示している
2021/10/21

中国人に義を教えた「三国志演義」

古代の人々は、「天経地義」という規範を信じ、それは天の理と人の道に合致するという意味に限りません。『三国志演義』では、「天経地義」のもう一つの深い意味を明らかにしています。それは王朝の交代は、天が主導を行い、地が演じる役割を果たすことによる結果だということです。
2021/09/25

「十常侍」の専横 張飛 腐敗役人を鞭打ち

張飛が怒りで督郵に鞭打つ話は、『三国志演義』の第二回に出てくる有名な話です。この話は、張飛の正直さと正義感、民衆のために悪を排除する勇気を示すためだけではなく、漢霊帝時期に、「十常侍」と呼ばれる宦官たちが宮廷を掌握して好き勝手に行動し、皇帝を欺き、忠誠心の強い官吏や将軍を陥れたり排除したりする現象を詳しく描写している典型的な場面です。しかし、その目的は、暗い現実を暴くことではなく、後漢がやがて分裂する危機に直面している様子、及び英雄たちが続々と現れることを予感させることにあります。
2021/09/20

劉備 誓いを破り、大義を失い、白帝城に死す

劉備と張飛との出会いに続いて、ついに関羽の登場です。張飛の声は雷のごとく、勢いは奔馬のごとくというものでしたが、関羽の相貌は神将のごとく、一身に神威を帯びており、一見しただけで人々に畏敬の念を覚えさせるものでした。関羽は身の丈9尺(後漢の尺度では約208cm)、髭の長さは2尺(同じく約46cm)、熟した棗(ナツメ)の様な紅顔、唇は朱を塗ったよう、切れ長の目、太く逞しい眉を持ち、その風貌は堂々たるもので、威風は凛々たるものでした。
2021/09/13

張飛と劉備 剛と柔の組み合わせ

初めて読者の前に姿を現し、劉備と出会った張飛が、『三国志演義』ではこのように描写されています。
2021/08/31

三国志が現代に伝えた遺産 「義」とは?

「三国志演義」は「義」をテーマとしています。この長い物語の巻頭は、劉備、関羽、張飛が張飛の屋敷の裏にあった桃園で血の繋がらない義兄弟として誓いを結んだ「桃園結義」(桃園の誓い)です。 では、この「義」とは何でしょうか。
2021/08/04

三国時代の輝かしいスター・曹操の本当の姿

三国時代の輝かしい政治スター曹操と言えば、頭に何が浮かぶでしょう?人々は「三国演義」で描かれた悪賢く、奸佞、手段を択ばない梟雄を思い浮かぶでしょう。実は本当の曹操はこのような者ではない。それは作者の羅貫中が劉備・関羽・張飛の義を際立たせるため、曹操の人格を虚構したのである。それでは歴史上の真実の曹操はどんな人なのでしょうか。
2018/09/27