台湾・香港 天安門事件の記憶と中共との決別

「天安門事件の日 中共に見切りをつけた」 元中国籍政治家・石平氏が台湾で語った原点

2026/01/12
更新: 2026/01/12

「あの日(1989年6月4日の天安門事件)、共産党に徹底的に幻滅し、見切りをつけた」

そう語るのは、中国共産党体制を一貫して厳しく批判してきた、元中国籍政治家として知られる日本維新の会所属の参議院議員、石平(せき・へい)氏である。

中国・四川省出身で、当時学生だった石平氏は、1989年の天安門民主化運動に参加した。

1月9日、台湾で開かれたシンポジウムの場で当時を振り返り「あの時、街に出た学生たちは皆、愛国心を持って行動していた。国を良くしたいと本気で思っていたからこそ、平和的に声を上げていた」と語った。

しかし、その思いは戦車と銃弾によって踏みにじられた。石平氏は同じ場で、「中共軍による天安門事件での大虐殺は、自分にとって大きな衝撃だった。多くの友人や仲間が命を落とした。今も心の深い傷として残っている」と述べ、言葉を詰まらせる場面もあった。

当時について石平氏は、「それまで受けてきた教育もあり、中国政府が本当に発砲命令を出すとは、最後まで信じられなかった」と語る。そのうえで、「だからこそ、あの日、自分はこの政権とは共存できないと決めた。それは政治的な判断ではなく、生き方そのものを選び取る決断だった」と述べた。

 

1989年6月4日早朝の北京の街頭の様子(天安門事件当時の資料写真)

 

石平氏はその後、日本に渡り研究生活を経て、2007年に日本国籍を取得。2025年7月の参議院選挙で日本維新の会から出馬し、初当選した。中国共産党体制に対する明確な批判姿勢から、同年9月、中国政府より中国本土への入国禁止などの制裁措置を受けている。

そうした立場で石平氏は今月、台湾を訪問した。現地で開かれたシンポジウムで、中国・台湾関係や地域の安全保障をテーマに講演し、自身が中国共産党体制に見切りをつけるに至った原点として天安門事件での出来事を語った。

台湾訪問の意味について石平氏は、中国に入国できない自身が台湾を訪問できた事実に触れ、「中国に入国できない自分が台湾を自由に行き来できることは、台湾が中国共産党の統治下にないことを分かりやすく示している」との考えを示した。台湾の現状を自らの目で確認し、日本社会に伝えることが目的だという。

一方、石平氏の訪台に対し、中国外交部の報道官は正面からの反論を避け、「取るに足らない」と述べるにとどまった。

これについて、台湾のシンクタンク「インド太平洋戦略智庫」の執行長を務める矢板明夫 氏は、「本当に取るに足らない存在であれば、制裁を科す理由はない」と述べ、中国側の対応には論理的な矛盾があるとの見方を示した。

石平氏は1月10日、4日間の台湾滞在を終えて日本に帰国。「今後も機会があれば台湾を訪れたい」と語っている。

 

矢板明夫氏(左)と石平参院議員(右)(動画よりスクリーンショット)
李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!