カンボジア沿岸部の都市シアヌークビルには、外国人労働者が誘拐・監禁され、暗号資産詐欺を強制される「詐欺団地」と呼ばれる施設群が存在する。こうした組織を背後で操っていたとされるのが、中国系コングロマリット「太子集団(Prince Group)」であり、その創業者・陳志(ちん し)が米司法省によって起訴された。米当局は、太子集団が人身売買や強制労働を通じて1日3万ドル(約48億円)を稼ぎ出し、犯罪で得た暗号資産150億ドルを保有していたと指摘。
しかし、起訴状が示すのは問題の一端に過ぎない。太子集団の商業活動の背後には、中国共産党の海外情報活動や弾圧工作を支援する資金が、後方拠点として機能している可能性がある。
中共当局の庇護で急成長
陳志(38)は福建省出身で、中国とカンボジアなど複数国籍を持つ。若くしてカンボジアの不動産市場に参入し、短期間で事業を拡大したが、その背景には中国共産党(中共)公安部や国家安全部の支援があったとされる。

2020年7月には、陳志はカンボジア政府から、国家への顕著な貢献者に授与される最高位の民間勲章「オクナ(Neak Oknha)」を受章した。その後、当時のフン・セン首相の正式顧問に任命され、政権交代後も新内閣で要職を務めている。こうした公的な肩書は、陳志に政治的な保護を与える一方で、その行動の実態を覆い隠す役割を果たしていたとみられる。
元中共諜報員が証言 陳と中共国安当局との秘密接触
10月18日、中共国安当局の元特工を名乗る人物「エリック」がXで陳志が国安、公安当局の高官と密接な関係を有していることを明らかにし、太子集団は長年にわたり電気通信詐欺や強制労働に関与してきたにもかかわらず、中共当局の摘発対象となっていないどころか、むしろ当局と深く共謀している実態があると証言した。
エリックは、自身が北京市や重慶市の公安高官らと共に、陳志の私設クラブ「雲軒閣」(カンボジア・プノンペン)で秘密会議に参加したと述べた。会議では、亡命中の風刺漫画家「変態辣椒」(王立銘)氏に対する虚偽の罪状をでっち上げ、引き渡しを画策していたとされる。太子集団は車両の手配や接待を全面的に担当していたという。
クラブ内は、金色のソファや高級茶器、長方形の水槽など豪華な装飾が施されており、腹心の側近「財叔」が帳簿を管理していたとされる。
エリックは、陳志が「龍哥」と呼ばれる中共公安部の上級幹部に対して、自身の案件で配慮を求める様子を目撃したと語った。
また太子集団内部で起きた横領事件では、わずか数十万バーツの損失にもかかわらず、中共公安関係者が「極めて重要な案件」として介入を約束したという。
エリックは「なぜ外国企業の内部の金銭トラブルが、中共の公安幹部にとってここまで重要なのか」と強い疑念を抱いたと述べている。
このことは、太子集団が中共国安部と密接に連携している構造を示すものだという。
エリックは、銀行の送金記録、採用関連書類、賃貸契約書などの証拠資料を保有しており、その一部をすでに匿名で公開済みだとし、「証言は事実に基づくものであり、証拠は十分にある」と主張している。
太子集団の詐欺システム その実態は「監獄工場」 米司法省が摘発
米司法省の起訴状は、太子集団の華やかな外観の裏に隠された実態を明らかにした。
同集団は表向き、30か国以上で数十の企業を展開し、不動産、金融、消費サービスなど幅広い事業を手がけている。しかし、起訴状によると、カンボジア国内の複数地域に少なくとも10か所の施設を設置し、誘拐または詐欺的手口で連行した数百人の労働者を拘束していた。
これらの施設は高い塀と鉄条網に囲まれ、被害者はパスポートを没収され、移動を制限され、暴力的な脅しにさらされていた。
彼らは暗号資産投資詐欺に従事させられており、その実態は現代の奴隷制度に等しい。陳志はこうした施設の運営を直接監督し、抵抗する人に対しては容赦ない対応を指示していた。起訴状には、彼が「殴ってもよいが、殺してはならない」と命じたと記載されている。
犯罪の規模は極めて大きい。わずか2か所の施設だけで1250台の携帯電話が使用され、7万6千の偽装されたSNSアカウントを操っていた。これらのアカウントを通じて世界中の被害者と信頼関係を装い、巨額の資金をだまし取ったとされる。詐欺グループはすでに12万枚のビットコインを不正に取得しており、現在の価格で約150億ドルに相当する。

ビジネスで情報工作を支援 中共の海外諜報システムを支える太子集団
元中共諜報員のエリックは大紀元に対し、太子集団と中共の情報機関との実際の関係について証言した。同氏によれば、太子集団は単なる民間企業ではなく、中共政権がカンボジアおよび東南アジア全域で秘密活動を展開する上で、最も重要な代理機関の一つであるという。
太子集団は中共の海外工作に対し、資金、人員、輸送手段などあらゆる支援を提供しており、陳志の企業は実質的に中共情報機関の「資金拠点」兼「後方支援基地」となっていた。
エリックは、中共の情報機関が「以商養情・商情雙贏」を原則としていると説明した。つまり、商業活動を利用して情報工作の資金を調達し、その活動を隠蔽する仕組みだ。これは中共軍や情報部門が南方および東南アジア地域で採用している指導方針の一部である。太子集団の存在はまさに、この方針を体現するものだ。
さらに同氏は、中国共産党の海外情報活動が中央集権的に統制されているわけではなく、各省の国家安全部がそれぞれ独自の判断で活動を行う「分散型モデル」を取っている点を強調した。
これは「条件のある部門が責任を負い、成功すれば昇進や利益が得られる」という競争構造を生み出しており、こうした仕組みによって、国際社会が中共の越境弾圧や秘密行動を追跡・阻止することが難しくなっている。
中共統一戦線が関与する海外代理人ネットワーク
米財務省が発表した最新の制裁文書は、陳志とマカオの犯罪組織の頭目である尹国駒(ワン・クォック・コイ)との直接的な関係を示している。尹国駒は現代洪門会の指導者であり、米政府は同組織が中共の統一戦線工作部(統戦部)と直接つながっていると指摘している。
尹国駒はまた、ミャンマー北部の詐欺拠点「KK団地」の大株主でもある。「KK」は彼の名前の頭文字を取ったものとされ、象徴的な識別記号とみられている。米政府は2020年、東南アジアでの犯罪や汚職の拡散に関与したとして、行政命令に基づき尹国駒に制裁を科している。
太子集団の関連企業「Grand Legend」は、パラオの組織犯罪関係者である王国丹(別名ローズ・ワン)と共同で、パラオ・エンゲベラス島の土地を99年間賃借した。王国丹は「パラオ華僑聯合会副主席」を務めており、米政府は同団体を中共による非公式な外交活動の機関と位置付けている。
2018年、王国丹は尹国駒を当時のパラオ大統領に紹介し、カジノ免許の取得を後押しした。こうした一連の動きは、太子集団が暴力団のボスや中共の統一戦線機構と連携することで、海外に巨大な権力ネットワークを構築しており、その最終的な指揮系統が中共統戦部にあるとみられる。
太子集団の資金洗浄システム 陳志による組織的な外国高官への贈賄
陳志とその関係者は、犯罪収益を隠匿するために複雑なマネーロンダリング手法を用いていた。太子集団傘下のオンライン賭博事業や暗号資産マイニング事業を利用して資金を洗浄し、大量の暗号資産を細かく分散・再統合する高度な手法を駆使。最終的に現金化し、銀行口座に移転していた。
米捜査当局はブロックチェーンの取引データを追跡し、陳志の暗号資産ウォレットにたどり着いた。さらに、陳が設定したパスワードの生成規則に弱点があったことから、捜査当局は総当たり攻撃によりウォレットへのアクセス権限を取得。2024年6月から7月にかけて実施された大規模作戦により、米政府は約150億ドル相当のビットコインを政府管理下のアカウントに移転させた。
資産が没収される以前から、陳志は犯罪による収益を個人的な贅沢品の購入に充てていた。ヨット、プライベートジェット、高級腕時計、美術品などを次々に取得し、その中にはピカソの絵画も含まれていた。イギリス政府が凍結したロンドンの太子集団所有の不動産の中には、約1億ポンド規模のオフィスビルも含まれる。
さらに重大なのは、陳志がカンボジアの公職者に対して組織的な贈賄を行い、違法行為が摘発されないよう影響力を行使していた点である。彼は「賄賂帳簿」を作成し、公職者への支払いを詳細に記録していた。2019年には外国の高官に対して300万ドルを超える物品を提供し、2023年にはカンボジア警察を使って他企業への恐喝行為まで指揮していた。
最も注目される点は、太子集団が広範な政治的ネットワークを通じて、各国の捜査当局による摘発を事前に察知していたことだ。幹部は詐欺拠点への強制捜査の情報を事前に入手し、証拠の隠匿や施設の撤退を迅速に実行していた。この事実は、保護ネットワークが中共の安全保障機構の中枢にまで及んでいることを示唆している。
専門家「中共の権力構造が責任を免れることはできない」
中国問題の専門家である章天亮氏は自身の番組で起訴状を分析し、「太子集団と習近平本人の直接的なつながりを示す証拠はない」としつつも、「陳志の事業拡大には、中共公安部および国安部の高官との密接な連携が不可欠だった」と指摘した。
章氏はさらに、「集権体制においては、権力機関はその管轄範囲における行為に責任を負うべきである。太子集団の活動は、権力構造の特定の層の黙認または支援がなければ成立し得ない」と述べ、責任の所在は中共内部の明確な階層に帰属するとの見解を示した。
陳志は現在逃亡中である。アメリカ政府はすでに彼のロンドン資産を凍結し、関係する6人と6社に対して制裁を科している。すべての容疑が認定された場合、陳志は最長40年の禁錮刑に直面することになる。
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