医山夜話

人生の舞台

2017年12月03日 02時20分

診療所に務める以前から「患者からの社交的な誘いは受けない」というルールを自分に課してきました。医者の職業道徳を保ち、患者に対して感情移入することを避けるのが主な目的ですが、日常の世俗的な人間関係から離れてトラブルを避けたいという理由もあります。

しかし、いつもその通りにはいかないものです。最初は友人でしたが、後日私の患者になった人もいれば、以前私の患者でしたが、後日友人になった人たちもいます。Kさんは、後者のうちの一人です。

Kさんの職業は女優で、地元では有名人でした。彼女は高い学歴を持っていませんが、美人で心のとても優しい人です。以前、彼女が蜘蛛を紙に包んで外に放してやるところを見たことがあります。また、Kさんは頻繁にボーイフレンドを変えていました。ある日、彼女から「結婚するの」と告げられ時、私はカレンダーに「結婚式」と書き込みました。

しかし、多忙な私は、そのことをすっかり忘れてしまいました。六ヶ月後、カレンダーに「結婚式」と書かれた日が目前に迫った時、「これは誰の結婚式だろう? 時間は? 場所は?」と頭を悩ませました。結局、私は思い出せませんでした。

数日が過ぎて、Kさんからの電話に出たとたんに、それは彼女の結婚式だったことを思い出しました。そして、すっかり忘れてしまったことを謝りました。

ところが、Kさんからの返答は「あなたは来なくて幸いでした!」というものでした。

「どうして?」

「分かりません。私自身も何をしているのかさっぱり分かっていませんでした。私は舞台で芝居をすることに慣れているせいか、時にどれが芝居でどれが本当の生活なのか、分からなくなります。芝居の中で私に夫がいる場合、家に帰って夫がいなかったら、少し残念な気もします。ところが、今回本当に結婚したのに、逆に私はこの『結婚芝居』を早く終わらせて、一人で家に帰りたいのです」

「結婚前には両目を大きく開いて、この人と結婚すべきかを冷静に判断するのが大事ですが、結婚後は片目をつぶって、相手の短所を見ないようにしないと……」と、私は冗談を言って雰囲気を和らげようとしました。

「間違った理由でする結婚は不幸に終わるケースが多いですよね。最初はその理由がいかに重要に見えても、後になったら、最も大切なことは夫婦の相性だと気がつくのです。夫であるジャックの母は余命いくばくもなく、母親が安心して天国に行けるように、私は彼との結婚を受け入れたのです。当時はとても重大な事のように思ったけれど、今になってなんと愚かだったのかと思っています……」

彼女に同情しながらも、私は言いました。「Kさん、この結婚式は六カ月前に決めたものでしょう。その間、あなたはじっくり考えなかったのですか?」

「私は結婚をおとぎ話のように考えていました。いったん水晶の靴を履けば、私はプリンセスに変身するものだと思っていました。自分の思いどおりにならなければ、魔法の棒を振って、山でも平地に変えられると思い込んでいたのです。この大きなダイヤモンドの指輪を見てご覧なさい」と、彼女は無邪気に話しました。

「私はずっと眠れずにいます。先生、私はあなたの助けを必要としているのです」

「それでは、いつでも診療所に来てください」

私の診療所に来た彼女は困惑した表情を浮かべていました。旅に出るような大きなリュックを背負っています。自分自身、どこに行きたいのか分かりませんが、とにかく家に帰りたくないと言うのです。結婚して一週間も経っていませんが、彼女はすでに逃れたいと考えているのです。

「ご主人は知っていますか?」

「いいえ、彼に知らせる勇気がありません。彼に非はなく、すべて私の過ちです。結婚式の日の私の振る舞いは、すでに舞台で演じていたことでした。牧師の前で誓った言葉は他人が書いたもので、私はすらすらと暗唱できました。ドレスも式場もレンタルで、花も友だちが買ってきたものです。親戚と友人は私の芝居の観客です。役者としての私の演技は自然で、行儀が良く、どの角度から見ても完璧です……。しかし、二、三時間経って結婚式が終わり、観客は帰ってしまいました。事前に準備したセリフも話し終えて、監督も帰りました。その後、私は一人で現実に直面しました。自分でセリフを考えないといけないのです。もう芝居ではなく、私は本当に結婚したのですが、まだ少しも心の準備ができていませんでした。結婚式が終われば私の任務を果たしたと思っていましたが、なんとジャックは私と一緒に家に帰ったのです」

「私はジャックに、どうして私と一緒にきたの?と聞きました。彼は、僕たちは結婚したんだよと答えました」 

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