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歌川広重【名所江戸百景】日本橋江戸橋(ウィキペディアより)

【今に伝える江戸百景】 お江戸日本橋の夜明け

 【大紀元日本2月4日】我が国の誇る名橋・日本橋は、高速道路の下敷きになっている。

 現代に残る江戸の風景の数々を探し歩いているが、これほど変わり果てた姿を目にしなければならない例も珍しい。橋の上を渡っているはずなのに、その上にまた鉄の巨塊があるため、頭に漬物石を乗せられたような恐ろしいほどの圧迫感を感じるのだ。

 江戸の昔は、もちろんこんな殺風景ではなかった。

 歌川広重の描く日本橋を見てみよう。朝焼けに色づいた遠くの地平に、いま朝日が頭をのぞかせている。澄み切った朝の天空を舞う三羽の鳥は、鳶であろうか。舟の櫓をとる船頭。そして、日本橋の花形である棒手振り(ぼてふり)の魚屋が、仕入れたばかりの新鮮な魚を桶に乗せて、どいたどいたと日本橋を駆けわたっていく。

 威勢のいい売り声が聞こえてくるような、躍動感あふれる広重の一幅である。

 さわやかな日本橋の朝は、日常の始まりであるとともに、非日常の旅立ちの時でもある。

 「お江戸日本橋、七つ立ち、初のぼり」と歌われたように、旅人は早朝に江戸を発った。七つ立ちの「七つ」とは夜明け前の時を指すが、当時は日の出と日没を基準として、その間をそれぞれ六等分する不定時法であるから、季節によって現代の時刻とは異なる。冬場ならば、およそ午前4時から6時頃であろうか。

 「初のぼり」とは、初めて上方へ上ることを指す。どういう背景かというと、江戸で由緒ある商家の働き手は、江戸の者を採用するのではなく、京都や大阪、あるいは近江や伊勢などの上方から12歳ぐらいの少年を連れてきて、奉公人としての辛い修行を積ませていくのである。その少年が20歳の青年になる頃まで真面目に勤め上げた時、ようやく主人からのご褒美として、「初のぼり」の帰省休暇が許されるというわけだ。

 その後に続く「行列そろえてアレワイサノサ」は、おそらく従業員の多い大店(おおだな)であるため「初のぼり」が何人もいて、それが今から始まる旅に心が浮き立って賑やかな様子を表現したものであろう。

 そんな光景を、現代のその場所に立ち、努めて思い描こうとしてみたが、やはり無理だった。日本橋という地名の金属板が、高速道路の横腹に貼り付けられてはいるものの、どうしてもそこは水も光も空気も重く淀んだ鉛色の空間であり、日本の出発点となる爽快な息吹は感じられなかったのである。

 聞けば今年は、1911年(明治44年)4月3日に開通した現在の日本橋が、架橋されて100周年の記念すべき年に当たるという。開通当時はまだ、江戸以来の魚河岸もこの地にあった。日本橋の魚河岸が築地に移ったのは、大正12年の関東大震災以降のことである。

 日本橋の空が、決定的になくなったのは昭和38年である。東京オリンピック前の狂気的な特需の中にあって、都市景観の重要性や文化財としての価値などは、鼻にもかけられなかった。

 その日本橋が、国の重要文化財に指定されたのは1999年5月。便利さの代償とは言え、気づくにはあまりに遅かったと言わざるを得ない。

 代償から私たちに学ばせるため、日本橋は漬物石の下に存在している。

 
高速道路の下にある現在の日本橋(写真=大紀元)

日本橋のたもとにある道路元標のレプリカ(写真=大紀元)

現代の日本橋に空はない(写真=大紀元)

歌川広重【東海道五十三次】日本橋(ウィキペディアより)

※『名所江戸百景』 江戸末期の浮世絵師・歌川広重(1797~1858)が、最晩年の1856年から58年にかけて制作した連作の浮世絵。作者の死後、未完成のまま残されたが、二代目広重の手も加わって完成された。目録表紙と117枚の図絵(二代目広重の2枚も加えると119枚)からなる。

(牧)

 (11/02/04 07:00)  





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名所江戸百景  歌川広重  日本橋  魚河岸  築地  首都高速道路  東京オリンピック  


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