THE EPOCH TIMES

【ショート・エッセイ】 「秋菊の物語」から18年後の今

2010年11月28日 07時00分
 【大紀元日本11月28日】張芸謀(チャン・イーモウ)監督による中国映画「秋菊の物語(原題、秋菊打官司)」が作られたのは92年。この作品は、同年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、主演の鞏俐(コン・リー)も同映画祭で主演女優賞をそれぞれ受賞し、日本でも評判になった。

 コメディタッチのヒューマンドラマである。鞏俐が演じるのは田舎の農婦・秋菊。ささいなトラブルがもとで村長から暴力を受け、ケガをした夫に代わり、秋菊は、金銭ではなく誠意ある謝罪を求めるため、身重の身体を引きずり、なけなしの金をはたいて、あちこちの役所を奔走する。しかし秋菊の単純明快な道理は通らず、ついに裁判にまで進むのだが、なんと原告敗訴。上訴した秋菊に突然陣痛が始まったが、遠い病院へ運ぶ手段がない。加害者である村長も協力し、秋菊を担いだ男たちが夜通し走って、なんとか大事には至らなかった。このことがきっかけとなって村長と和解できそうになったところへ、裁判所から今更ながら村長有罪の審議結果が届くという内容だ。

 映画の背景には、ちょうどこの頃に中国で行政訴訟法が交付され、民間人が自己の権利を主張して訴訟を起こすことが多くなったことがある。

 さて、この映画から18年後の今、現実の中国社会は、法とモラルに基づき正常に機能しているのだろうか。問うまでもない。法はあっても法治国家ではない中国には、コメディではすまない理不尽な悲劇があふれかえっているのだ。

 高智晟弁護士の文章を読んでも分かるように、現行の中国の法律は、正しい弱者のためにあるのではなく、権力側がいくらでも恣意的に使える棚の上に置かれている。

 そんな中、困窮する弱者のため、無償で弁護を引き受ける高弁護士の孤軍奮闘ぶりは、暗黒に屈しない人物もいるということで、確かに一つの希望ではあろう。

 しかし、忘れてはならない。その高弁護士を長期間監禁し、顔が変わるほどの拷問にかけた元凶も、依然として存在するのだ。

 
(埼玉S)


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