【中国のことわざ】一敗塗地

2006/06/09 18:13
 【大紀元日本6月9日】【一敗塗地Yī bài tú dì】一敗地に塗(まみ)れる。戦いに負けて肝臓や脳が飛び出し、あたり一面に飛び散ることから、失敗して収拾がつかなくなること。

 秦二世元年(209年)、秦朝の統治に抵抗するために、陳勝・呉広が大澤郷でむしろ旗を立ち上げ、他に多くの郡県の民も蜂起していた。沛県知事も蜂起しようと思い、沛県の山中に身を隠している劉邦(後の漢の高祖)を呼ぶつもりであったが、後に考えを変えて、劉邦が町に入ることを阻んだ。劉邦は県民に手紙を書いて、県知事を殺すように示唆したので、県民は知事を殺して、劉邦を迎え、さらに県知事になるように頼んだのである。劉邦は「世はまさに乱れて、諸侯がてんでに蜂起しているだけに、ここで、もしも適当でない人物を選んだら、一敗地に塗れることになるから(完全に叩きのめされて収拾がつかなくなる)、やはり他の能力のある人材を選んでもらいたい」と謙遜して言った。しかし、県民の意向で、結局劉邦が沛県知事になったのである。

 “一敗塗地”は、現在、失敗して収拾がつかなくなる、再起不能の状態になることを形容する。今日の中国では共産党政権のほとんどの役人が公金を着服し、賄賂を受け取り、愛人を作って、贅沢な生活をしているので、政権はもはや再起不能の状態になっていると言えよう。

 

 出典:西漢・司馬遷≪史記・高祖本紀≫

(編集・縁修)


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