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神医と呼ばれた華佗

古代の名医 華佗の伝説

作者:任欣

 【大紀元日本12月13日】

 華佗(154-208)は沛国譙(現在の中国南部安徽省亳州)の人で、徐州一帯に師を求めて学び、多くの経書(中国古代書)に通じ、知識が豊富で、薬学・鍼灸・内科・外科・婦人科・小児科また手術などに詳しく、医学面に非凡な才能を持つ中国の後漢末期の伝説的な名医である。民衆が「神医」と呼んでいる。

 華佗は養生術を通暁しており、「五禽戯」と呼ばれる気功法を考案した。五禽とは、「鳥」「鹿」「猿」「熊」「虎」の5種類の動物です。五禽戯はこの5種類の動物の動作を真似て練習する気功法です。日々練習することによって、五臓六腑に「気」をめぐらせ、健康と若さを保つことができる。それぞれの動作は、それぞれ特定の治療効果を持っている。華佗自身も練習を続けたため、若さを保っていた。

 では、なぜ五つの動物、つまり五禽なのでしょう、実はこの五禽戯は、「五行」という中国の独特な哲学に基づいているものである。「五行」はこの宇宙のはたらき、私たちを取り巻くこの大自然のはたらきを「木」「火」「土」「金」「水」という五つの要素の相互関係によって成り立っていると捉えるものである。人間の五臓、つまり肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓はそれぞれ「木」「火」「土」「金」「水」という五つの要素に対応している。五つの動物のしぐさを練習することによって「五行」を鍛えられ、つまり人体の五臓を鍛えられるから、健康と若さが保たれる。

 現代医学の研究によれば、「五禽戯」を練習することによって、人の脳の機能、心肺機能や胃腸の消化機能などが改善されたことが分かった。科学がまだ発達してない時代に、「五禽戯」は奇跡的な存在と言っても過言ではない。

 華佗は薬を熟知し、彼が疾病を治療する処方に、数種類の生薬しか用いず、彼の頭の中にはそれ等薬草の組み合わせと分量がはっきり記憶されていたので目分量で調剤し、量る器具さえ要らなかったという。華佗はその方剤の禁忌や飲み方を患者に教え、薬を飲んだ患者はたちまち全快するという具合だった。

 華佗がお灸を用いる際もその穴位(つぼ)は1、2カ所だけにお灸7、8壮を施し、病はみるみるうちに治っていった。

 また鍼を用いるときもその穴位は1,2カ所を越えず、華佗は鍼を刺すときによく病人にこう言っていた。「鍼の響きが身体の悪いところまで来た感覚を持てばすぐに知らせて」。そして患者が「先生来ました」というと、華佗はすぐに抜鍼し、患者の病もすぐに治ったという。もし疾病が体内の奥深いところに長期にわたり停留し、塊のようなものができたら、鍼灸や薬の効果もそこまでは及ばないので彼は患者に手術をする。

 病人に彼の発明した麻沸散をお酒で服用させると、すぐに麻酔にかかって感覚がなくなり、全身麻酔下で皮膚を切り開き病巣を切除した。もし疾病が腸にあるなら、その患部を薬の煎液で洗い、病巣部を切除した後再び縫合しなおし、さらに傷口の癒合を促進させるため神膏と呼ばれる薬を塗布した。4,5日で患者の病状は好転し1カ月以内に患部は癒合するという。このように華佗は人々に「神医」と呼ばれるようになった。

 華佗は医学に一生を尽くし、名利に対する執着心はなく、官僚になることも興味はなかった。宰相の陳珪が彼を官職に推薦し、大尉の黄宛が彼を役人につかせようとしたが、すべて断られた。弟子の呉普と樊阿は多くの人に知られている。二人とも「五禽戯」の練習を継承し、呉普は90才まで生きた。死ぬまで耳も目も健常で歯も全部そろっていたという。樊阿は鍼灸が得意で、100才まで生きたという。

(翻訳編集・楊J)


 (09/12/13 05:00)  





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