THE EPOCH TIMES

バラの伝説

2010年05月17日 05時52分
 【大紀元日本5月17日】バラの花は「愛」の象徴として良く知られている。毎年バレンタインデーに愛する女性へ「私はあなたを愛します」という言葉の代わりに贈るものとして若者からお年寄りまで皆に愛されている。しかし、昔バラは花が咲かない植物であったという説がある。バラの花が咲くようになった背景には誰も知らない美しい「愛」の物語があると伝えられている。

 遥かなる昔、「水山」と呼ばれる山の山頂に流れる「金泉」と呼ばれる綺麗な清泉があった。「水山」のふもとに村があり、そこには龍郎(リュウ・ラン)という名前の男の子と翠屏(ツウィ・ピン)と呼ばれる女の子が住んでいた。ふたりは幼いころに共に両親をなくし、龍郎は彼の両親が唯一残した斧で柴を刈ることで、翠屏は薬草を採ることでどうにか生活をしていた。似たような境遇の二人はいつしか互いに愛するようになった。

 ある日、東山で柴を刈っていた龍郎は、眠気にさそわれ、柴に寄りかかり寝てしまった。眠りの中、かすかに花の香りがし、それにつられて行ったところ、「水山御苑」という名が書かれている洞窟の前まで来ていることに気が付いた。幼い頃から水山で柴を刈っていた龍郎にとって、水山のことなら言うまでもなく詳しかったが、ここは今までに見たこともない初めてのところだった。中に入ってみると、名もない綺麗な草花が咲いていることに驚いた。

 ここは、天上の西王母(せいおうぼ、中国で古くから信仰された女神)が司るこの世の花園であった。毎年五月、百花繚乱する季節になると、西王母は天女らを率い、天上から下り、ここに花見に来るのだ。

 龍郎は何も知らずに、御苑の中を歩きながら、花を観賞していた。突然、御苑の真ん中に綺麗に咲いている見たこともない赤い花に目を奪われた。とても可愛らしい花だと感じ、近づいて良く見ると、この世界で初めて咲いたバラの花であった。

 水山の随所に育っているバラの花は咲いていないのに、なぜここのバラだけが花を咲かせているだろうか。龍郎は、このバラの花を翠屏にあげたらきっと喜んでもらえると思いながら、その花を折った。すると、身に甲冑を着て、手に長矛を握った天兵二人が目の前に現れた。「大胆なやつ、西王母の御苑で花を折るとは!」天兵らは龍郎を縛り、無理やり連れていった。

 一方、龍郎の帰りを待っていた翠屏は、なかなか龍郎の姿が見えず、探しに出た。龍郎の名前を切なく叫びながら、水山を回ったところ、絶壁の崖から翠屏の呼び声に答える劉郎のうめき声が伝わって来た。早速、声の源を見渡すと、両手を縛られたまま絶壁の崖に立っている龍郎の姿が目に入った。後ろには、厳めしい顔つきの天兵が立っていた。

 翠屏は泣き呼びながら龍郎のところに駆け寄った。

 「お願いです。龍郎を自由にしてください」

 「やつは西王母の御苑で、天下でただ一つのバラの花を折った。甚だ大罪を犯したので、命令により、彼を連れてきて一生罪を償わせる」

 天兵の言うことに、翠屏は懸命に泣き叫び、哀願した。

 「そうしてはいけません。お願いです。私に龍郎を返してください」

 天兵は冷ややかなまなざしで、こう話した。「水山のバラの花が咲かない限り、彼を帰すわけにはいかない」話し終わると、天兵は長矛で崖の下を指した。耳を刺すような雷響とともにまぶしい炎が光り、翠屏は意識がぼんやりとしてその場に倒れた。

 時間がどのくらい経ったのだろうか。再び意識が戻ってきた彼女は、劉郎のことを思い浮かべながら、また悲しく泣き出した。水山のバラに花を咲かせ、愛する龍郎を取り戻すために、水山のバラに水を注ぐ作業をし始めた。毎日毎日、夜が明けると、金泉の水を運んで水山のバラに注ぎ、夜遅くまでやり続けた。両足は山道の石でこすれてひどく傷つき、服は坂のイバラで破れた。彼女が流したきらきら光る玉の汗、真っ赤な鮮血は、水山のあちこちにぽたぽた落ちた。

 月日がいつのまにか10年も経ったある春の日、翠屏はいつもの通り、バラに水を注ぐために家を出ようと扉を開いた瞬間、水山のバラの花々が咲き乱れている光景を目にして言葉をなくした。赤い炎のような美しいバラの花が水山随所に咲いていたのだ。「龍郎、バラの花が咲いたよ」大喜びの翠屏は、急いでバラの花を一つ折って龍郎がいた絶壁の崖に走って行った。

 雷響と光り輝く中で、ある人影が絶壁の崖から降りて来た。それは正にいつも心にかけていた龍郎の姿であった。龍郎はバラの花を咲かせるために負った翠屏の傷跡と満開のバラの花を見て涙を流し、しっかりと翠屏を胸に抱いた。

 その時から、水山のバラは毎年花が咲くようになった。村の人達はバラの花を咲かせるため苦労した二人を記念するために、水山を「翠屏山」、金泉を「龍郎泉」と呼ぶようになり、二人のために絶壁の崖に一基の宝塔を建てた。劉郎と翠屏は死んだ後に天上の花の神となって、世の中の百花と草木を管理することになったという。毎年、バラが花を咲かせる季節になると、ふたりはまたこの世に戻ってバラの花を観賞するという。

 バラの花は美しいながらも、棘にも刺されやすい。「愛」というものは単に相手を好きな感情だけではなく、「愛」のために支払うことと苦痛に耐える勇気が必要であるのだ。正に美しいながら強靭な愛の精神を失わないバラの伝説のように。

 --正见网 より転載

(翻訳編集・柳小明)


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