THE EPOCH TIMES

警官隊と農民が対峙する烏坎村 外国人記者が潜入成功 現状が明らかに

2011年12月17日 09時10分
 【大紀元日本12月17日】広東省陸豊市烏坎村では警官隊と農民が数日間にわたり対峙している。国際大手メディアのニューヨーク・タイムズや、ウォール・ストリート・ジャーナル、デイリー・テレグラフが相次ぎこの大規模抗議事件を報道している。一部の外国メディアの記者は現地に潜入成功して取材し、現状が明らかにされた。

 デイリー・テレグラフ紙は「烏坎村では尋常じゃない事件が発生している」と形容した。

 数千ムー(1ムーは約666平米)の畑と 約1万ムーの土地が村の幹部に無断で売却されたとして、村民らは以前から政府機関への直訴を続けてきたが対応してもらえなかった。このような状況下で9月21日、数千人の村民が市政府の前で抗議デモを行い、今回の大規模な抗議の序幕となった。その後、村民たちが対話に望みをかけたため、事態は一時沈静化したが、問題が解決されないため、3ヶ月後の11月21日から村民たちは再び大規模抗議を再開した。

 その後、村の幹部が全員逃げ出したため、人口2万人の漁村は、中国初の共産党が消えた土地になった。

 10日、逮捕された村民5人のうち、1人は僅か3日間で急死した。遺体には多数の深い傷があるため、村民たちは拷問による死亡と断定。さらに大規模な抗議活動を行うことを誓った。その矢先、11日朝方、500人以上の警察隊が村を包囲し、村民たちと警官隊の対峙が始まった。村に通じる各主要道路には、警察と装甲車が配備されている様子。

 現在、村を出ようとする村民は身柄拘束されてしまう。食糧の運び込みも禁止されている。一方、村民たちは樹木を倒して障害物を作り、警察の侵攻を防ごうとしている。また、鉄の棒や、農機具を自衛の道具として用意している。村にある食糧は1週間か10日しか持たないという。

 複数の外国メディア記者は裏道から村への潜入に成功し、テレビカメラが初めて村の現在の様子を捉えた。

 村では毎日午後3時~6時に抗議集会を開いているというインターネット情報があるが、現地に潜入したデイリー・テレグラフのマイコム・モール記者が事実を確認した。

 同記者は15日、BBCに対して次のように証言した。「村の幹部と警察は全員村から追い出された。今日村の警察局を訪れたが、三階建ての建物はもぬけの殻で、大門には鍵がかかっており、亡くなった村民の写真が貼られていた」。

 BBCのマーティン記者も村で一晩を過ごした。

 村民たちはマーティン記者に胸の内を語った。自分たちの要求はただ2つで、無断で売却された土地の回収、村の幹部を民主選挙で選ぶことだという。「広東省政府の約束はもう信じられない。中央政府に解決してほしい」「当局には問題を解決する誠意がない」などの切実な言葉が発せられた。

 マーティン記者によると、村の若者たちは夜間、棒を持って巡回している。警察が村に突入して村民を逮捕するのを防ぐためだ。これまで村に入って村民を逮捕した者は警察の制服を着ていなかったという。マーティン記者は夜、村民のバイクの後ろに乗って、巡回に同行した。

 また、村民たちはマーティン記者に対して、村民が設置した道路の障害物を撮影しないように要求した。将来、政府が逮捕の証拠として利用することを恐れているためだ。 

 一方、現地政府は村民たちの内部分裂をはかっている。

 村の土地開発プロジェクトの同意書に署名した村民には、米を供給するなどの策を打ち出しているのだ。実際、警察隊の警戒線の外では、大量の米を積んだトラックが止まっていた。初日の夜には、30袋の米と30桶の食用油が署名した村民に配布されたのが確認できたという。

 1人の村民は外国メディア記者に対して「現地政府が買ってきたのだ」「小さな子供を除いてだれも署名なんかしない。私たちは一致団結するのだ」と話した。

 陸豊市のスポークスマンである林氏は、政府が故意に食糧の供給を断ち切っていることや土地を失った村民への補償金支給などの問題について、コメントを拒否した。新たな情報があれば、公式サイトで公開するとの一点張りだった。

 インターネットでは関連情報が封鎖されている。「烏坎」「陸豊」亡くなった村民「薛錦波」などの関連キーワードで検索しても、該当情報はリストアップされない。代わりに「関連の法律法規・政策に基き、検索結果は表示しない」というメッセージが現れる。村民が中国版ツィッター「微博」で公表する関連情報もすぐに削除されてしまう。それでも、微博上では、関連情報、写真、ビデオ映像が収集できる。

 ロイター通信の報道では、「中国農村部の不平不満は弱火でくすぶり続けてきたもので、すでに沸騰寸前の状態。まさに共産党による草の根階層へのコントロールが解体されている。烏坎村での抗議はこの種の不満感情が最初に現れたケースだ」と評した。

(翻訳編集・叶子)


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