人気紙・新京報、副編集長が復職へ、総編集長は復職ならず

2006/01/01 10:24
 【大紀元日本1月1日】北京の人気日刊大衆紙「新京報」の記者らが総編集長・楊斌氏(34歳)と副編集長らの免職に対して、ストライキで抗議した結果、2人の副編集長が復職することになった。しかし当局は楊総編集長に対する免職決定を撤回する意向はない。

 記者らのストライキが功を奏し、副編集長らの復職が認められたが、楊総編集長に対する処分は中央政府が下したものと見られ、復職は絶望的となった。

 当局の譲歩を受け、一部の記者は職場に復帰したが、今回の事件で当局に対する不信感を募らせ、退職願いを出す記者も少なくないという。

 新京報は中国の2大メディア・光明日報と南方日報報業集団の合弁企業であり、2003年11月13日に設立し、取材と編集部門は主に南方日報が担っているという。当時の総編集長・程益中氏は創立大会で、新京報の主旨は「すべての情報を責任もって報道する」と抱負を語った。

 34歳の楊斌氏は武漢大学卒業後、1996年南方日報報業集団のグループ会社「南方都市報」に入社した。取材部主任や、副編集長などを歴任し、中国メディア業界の風雲児と称される人物である。2004年に「新京報」の総編集長に任命された。代理人弁護士の浦志強氏によると、今回の処分は新京報が中共政権の逆鱗に触れる事件を報道したことに深く関連しているという。今年の6月に河北省の定州市で起きた土地の強制収用に抗議する現地住民が武装集団に襲撃され、6人が殺された事件を「新京報」は一足早く報道し、社会で大きな反響を呼んだ。このような行為が中国のメディアを管理する中国宣伝部の不満を招き、強い圧力を掛けられた新聞社の指導部は、今回の免職決定を下したという。

 程益中・初代総編集長も2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)大流行の際に、真っ先に疫病発生の情況を報道した。このことが中国当局の機嫌を損ない、後に汚職問題が捏造され程編集長は逮捕された。同じグループの「南方都市報」の総裁・諭華峰氏と社員も関連があるとされ、それぞれ8年と6年の禁固刑を課せられた。国内外の圧力で、程編集長は160日間監禁された後釈放されたが、2004年10月に中国共産党から除籍され、すべての公職を失った。2005年5月7日、程編集長は国連教育科学文化機関(ユネスコ)から「世界報道の自由賞」を授与されている。

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