中国、農村からの出稼ぎ労働者問題

2005/12/12 14:08
 【大紀元日本12月12日】中国の経済発展の速度はかっての日本の高度成長期に匹敵するものであり、テレビで上海の高層ビル群などを見ると、その躍動的な息吹が聞こえてくるような気がする。一説によれば真偽は分からないが、2年前あたりで日本には20階建て以上の高層ビルが1200棟あったそうだが、上海だけでも既に1600棟以上もあるそうだ。元々、上海は中国沿岸地域の中でも群を抜いていたが、膨大な後背地を持ち、現代中国経済発展の機関車になっているのであろう。昔のガーデンブリッジやブロードウエイマンションつまり今の和平賓館或は旧租界等、以前の威容を誇ったランドマークすら貧弱に見える最新でモダンな高層ビル群は、今は亡き_deng_小平氏もきっと驚かれる発展振りである。故_deng_氏の提唱された経済発展が現実になった確固たる証拠でもあろう。外国人が上海を訪問すれば、特に昔の上海を知る外国人にとっては瞠目すべき現象であり、正しく隔世の感がするであろう。

 ところで、「これ等の壮麗な景観を作った労働者は、どんな人達なのか?」と自問する人は、左程多くは無いであろう。しかし、実態はどうなっているのか?その答は簡単である。中国の農民10億近くの中から大勢の出稼ぎ労働者が無尽蔵の安価な労働力を提供したからである。しからば、何故、かかる安価な労働力が供給されるのか。確かに_deng_小平氏は「豊かになれる人達が先に豊かになって残りの人達が豊かになれるようにすれば良い」との言葉を残した。

 それが南方講話だった筈である。果たして_deng_小平氏の言葉どおりになったのであろうか?

 共産党による革命の結果、全土にわたり、長年の地主階級、富農は一掃されてしまい、全ての農民が一旦は自作農となったものの、折角生産性が向上したのにも拘らず、よりによってすでに弱点が明らかと批判のあったソ連式のコルホーズやソホーズに習い集団農場方式を、それも人間の本性を無視した極端な形を、人民公社の名称で導入し、生産性を落としたのみか却って「鉄飯碗」なる造語に象徴される悪平等を生んでしまったのは記憶に新しい。戸籍一つをとっても未だに硬直的で都市に生まれるか農村に生まれるかによって大きく左右される社会、人口の移動を制限する悪法が結果として盲流あるいは民工という億を越える不安定な労働者群を生んだ本当の原因なのではないだろうか。華やかな沿海各省の繁栄或は対外競争力を支えているのは、勿論、台頭した民間企業や郷鎮企業であるが、その競争力を担う底辺の低賃金労働者達の素性や日常はどうなのか?戸籍を都市に移せぬため、劣悪な仮住まいの住環境にも甘んじ、子弟の就学すら満足に行えず、貧しい生活の中で更に質素倹約して故郷の親族を養う健気な人達も、高級アパートに住み欧米人と変わらぬ優雅な生活を送り小皇帝と称される一人っ子に惜しげもなく大金を費やす企業家やビジネスエリートも同じ中国人である。農村から多数の人達が首都圏に移り住み、時としてスラムを形作るのは、どの国にも共通した現象であり、決して中国固有の現象ではないが、問題はその規模である。 中国は大国であり、そのスケールが大きくなるのは止むを得まいが、さりとて、その数が1億を越え常態化しているとすれば、これは既に重大な社会問題である。しかも、この現象は突然始まったものではない。農村に於ける絶えざる貧困が契機となって次第に大きな潮流となり今日に至ったものである。その間、為政者つまり共産党、中央政府はどのような対策を講じたのか?建前主義、肥大した官僚機構の弊害、情報統制、隠蔽、無視、中途半端な施策や悪政の繰り返しが今日を招いたのではないのか? 元々共産党革命を呼号した紅軍は農村が都市を包囲する戦略をとり大成功したのではなかったのか?労働者中心とは言うものの、実際には貧農の子弟が人民解放軍兵士の大多数ではなかったのか。その兵士達は素朴に共産党の主張する分配の平等が実現すると信じて戦ったのではなかったのか? 真の功労者である彼等兵士の子や孫達が民工と呼ばれる、最早一つの階級とまで見違えてしまうような被搾取者になるために戦ったのか? そんな筈はない。もしそうなら正しくこれは彼等が信頼した中国共産党の裏切り行為ではないのか? 共産党が人民の為にではなく共産党の為に服務している現実こそ、徹底した情報管理、緘口令にも拘らず都市は勿論本来平穏な筈の農村部から無数の暴動や中央政府への陳情が多発させているのではないか?土地に縛り付けられた帝政ロシアの農奴のように過酷に無辜の民を搾取しているのは皮肉にも彼等の付託を受けている筈の為政者即中国共産党ではないのか? 中国の気の遠くなるような歴史のなかでは風水害や干害、蝗害など自然災害も無数にあるが、農民が大規模に決起した場合は例外なく為政者の苛政により限界に達した農民の暴発であった。もとより、時代を問わずどの社会においてもある程度の矛盾はつきものである。中国の歴史の中でも後世の模範とされた周公の極盛、貞観、開元等の時代にすら程度の差こそあれ問題はあったであろう。社会福祉の行き届いた現代の欧米各国においても残念ながら貧乏人は少なくはない。しかし、1億を越える民工が低賃金労働に従事し不安定な生活を強いられているとすれば、最早、為政者の失政以外の何物でもなかろう。それも繰り返し政府による抜本的対策が講じられたにも拘らず改善しないというのならまだ話として通用するが、実態は無策に終始し、最近になって、あたかもとって付けたように首相が警鐘を発信し始めたというのが真相ではなかろうか。仄聞するところでは各地からの中央政府への陳情は建国以来最高の膨大な数に膨れ上がり、陳情を受理されることにすら大変な努力を要すのみかしばしば官憲により拘束されたり追い返されたりしているとの話である。北京の冬は寒い、満足な宿舎や暖房もなく厳冬に耐えながら辛抱強く待つ無辜の民の悲鳴を中南海の豪邸に安住する共産党の指導者達はどう聞いているのか? 今や、民工に代表される問題は単に労働環境や生活水準の問題ではなく貧富における所得の格差がすでに人類共通の許容範囲を超えてしまったことの動かぬ冷厳な証拠である。今、為政者が迅速に対応しなければ更なる大きな災害を招くこと必至であろう。一日も早く、適切な措置がなされんことを。時間は切迫している。

 中南海の住人諸氏よ、千年も前に詩聖杜甫の言葉にあるではないか「朱門には酒肉臭きに道に凍死の骨あり」と。中国から餓死をなくしたことは正当に評価しよう。しかし、中国は元々肥沃な大地にあった。問題は山積している。民はもう待てないのだ。分配の公平つまり貧富の解消はいつまで待てばよいのであろうか?

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