THE EPOCH TIMES

「終戦の詔書」

2009年08月16日 00時21分
 【大紀元日本8月16日】衆議院議員選挙が間近に迫る中、今年も8月15日を迎えた。

 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」で有名な玉音放送から64年、日本をとりまく環境も当時からすっかり変わってしまった。世界の大国と交戦して疲弊した日本ではあったが、米国とソ連を除いて周囲に脅威となる国が無かった当時と比べ、現在では新たに覇権を求める中国や、核兵器開発を続行し、あからさまに日本に対して敵意を持った態度を表明している北朝鮮など、日本にとって脅威が増えている。終戦後に制定された日本国憲法が掲げる平和主義に対して不安を覚えて改憲を訴えたり、条文の解釈によって兵力の維持、増強を図ろうとする動きが出るのも理解できないことではない。

 そこで、終戦記念日だからというわけではないが、ここで玉音放送、つまり「終戦の詔書」を読み返すことを提案したい。

 終戦の詔書は国立国会図書館のウェブサイトの下記の URL にてオンラインで読むことができる。
 http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/01/017/017tx.html#t004

 もちろん、終戦の詔書の内容を時代背景を無視して理解することは基本的には許されないことを、筆者は承知している。政治体制は大権を有する天皇制から立憲君主制の民主政治に変わったし、長期の戦争でほとんど全てを失った終戦前後と、物が溢れ、繁栄を享受し、沢山の失い得るものがある現在とでは前提条件が遙かにかけ離れている。しかし他方、終戦当時と変わらないものもある。一旦戦争を始めれば、民族一つどころか人類を滅ぼしかねないという危惧については、むしろ当時よりも深刻度が増している。米国の対イラク戦争のような圧倒的な武力による一方的な制裁戦や、各地で勃発する民族紛争などのような比較的小規模な戦闘ならともかく、覇権を争うような国家間での戦争に発展すれば、もはや何百万人が亡くなったという、犠牲者数の次元では済まない損失が生じ得る。また社会的には、豊かな社会において貧富の差が拡大したり、新興国の顕著な発展を見るに伴い、不公平感や挫折感、また差別意識によって社会不安が増加し、日本社会に混乱を招く下地が整いつつある。

 先の戦争の大義や天皇の戦争責任など歴史認識に関すること、また日本のあるべき姿についても様々な見解があることも承知しているが、ここで改めて終戦の詔書を読むことで日本国民一人一人が篤い道義に拠って日本社会のあるべき姿を冷静に考え直されることを切に願う。そしてその結果来る総選挙で選ばれる議員たちが党利党略私利私欲に溺れることなく政治を行い、日本国が、そして最終的には世界が平和ですばらしいものとなることを期待する。
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