THE EPOCH TIMES

【日本語に生きる中国故事成語】 「孫の手」は「麻姑」さんの手?

2011年05月16日 07時00分
 【大紀元日本5月16日】「Magonote.info」というサイトをご存知でしょうか。「そんなのあるの?」というびっくり情報や、「そこだよ、そこ!」というピッタリ情報などを提供する生活支援サイトだそうです。ほかにも「孫の手TOOLコーナー」「孫の手介護タクシー」「自動車購入の孫の手」など、「孫の手」をサイト名に使ったものは意外に多く、キャッチフレーズはいずれも「かゆいところに手が届く」。

 ところで、あの便利な代物は、なんで「妻の手」でも「子供の手」でもなく、「孫の手」なんでしょうか?どうやら、元は「麻姑(まこ)の手」だったのが、ほぼ同音の「孫」の字が当てられるようになったようです。

 漢の桓帝の時、王遠という仙人が、かつて修行の要領を授けた蔡経(さいけい)の家に下り、しばらくして妹の麻姑(まこ)も呼んできた。麻姑は年のころ十八ほどのたいそうな美女で、頭のてっぺんにはマゲを結い、残りの髪は腰の辺りまで垂らしていた。錦の衣を身に着けまばゆいほどで、とてもこの世のものとは思われなかった。麻姑の手の爪は鳥の爪のように長く、蔡経はひそかに、「背中がかゆい時、この爪で掻いてもらえればどんなに気持ちいいことだろう」と思った。ところが、そばにいた兄の王遠がその邪念を見抜き、すぐに蔡経の背中を鞭で打ってこう叱った。「麻姑は神人なるぞ。お前はなんということを考えておるのじゃ」と。(『神仙全伝』より)

 物事が思い通りになることや行き届くことを意味する「麻姑掻痒」(まこそうよう、麻姑痒[かゆ]きを掻[か]く)ということわざは、この故事から生まれたもので、元は、かゆいところに手が届くという意味でした。

 「孫の手」なるものがいつの時代からあるのかは定かではありませんが、かゆいところに手が届く便利な物であることから、「麻姑掻痒」が連想され、「麻姑の手」→「孫の手」という命名がなされたものと考えられます。

 それにしても、相手が何を考えているか即座に見抜くとは、さすが仙人ですね。

 (瀬戸)


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