THE EPOCH TIMES

【新紀元連載】重慶亡命騒ぎ 王立軍が米領事館に駆込んだ全内幕 1前半

2012年03月29日 07時00分
 【大紀元日本3月29日】先月はじめ、重慶市の副市長であった王立軍がアメリカ総領事館に駆け込んだという「重慶亡命騒ぎ」が起きた。事件の展開とともに、その舞台裏も徐々に明るみになってきた。この連載は事件の裏側を解き明かす、大紀元傘下の中国語週刊誌「新紀元」に掲載された「王立軍事件大掲秘」の翻訳である。

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 これは中共史上初の、副部長級(次官級)の幹部による政治亡命事件である。これはまた、全国的に有名な「暴力団撲滅の英雄」が演じた最も精彩を放つ一幕である。彼は亡命したのか、または単なる滞留だったのか。上策だったのか、または仕方がなかったのか。必死の苦闘なのか、賢明な選択なのか? 中国のことわざ曰く、「人算不如天算」(人算は天算に如かず)。つまり、人間がどんなにあれこれ考えようとも、すべて天が決めることにはかなわないものである。

 2012年2月6日夕方、一人の「女性」が成諭高速道路を走っていた。「彼女」は緊張した様子を見せ、時々電話をかけていた。この車は最後には成都の米領事館に着いたが、車両から降りた「女性」はなんと女装姿の王立軍であった。

 中国では昔から「天下未乱蜀先乱」(天下はまず蜀から乱れる)ということわざがある。中国共産党第18回全国代表大会(以下18大)で権力が交代される敏感な時期で、そして習近平副主席の訪米を控え、重慶党委書記・薄煕来(太子党、江沢民派に属す)と腹心の「暴力団撲滅の英雄」と呼ばれ重慶市公安局長、副市長・政法委委員を兼務する王立軍の間に激しい内紛が起こった。王立軍は真夜中に女装姿で薄煕来の監視網をかいくぐり、成都にある米総領事館に逃げ込み、一日滞在し、中共上層部に関連する大量の機密資料を米国側に手渡した。これによって、米国という「国際警察」が思う存分に役割を果たし、正々堂々と中共高層の権力闘争を制御することになる。

 「王立軍亡命未遂事件」は大いに中共政府と国民を揺るがした。中共は政権奪取後、副部長(次官)級の高官が国内で米総領事館に亡命したのは、前例のないことである。この情報は最初インタネット利用者によってマイクロブログで暴露され、その後、民間と政府および海外マスコミから、真偽不明の情報が飛び交い、中国民衆ないし国際社会から高い関心が寄せられた。事件の波紋は絶えず広がり、見かけはありふれた中共の暗闘劇のようだが、いたるところに玄機や見どころが隠れており、見る人々は皆思わず、2012年は果たして乱世の時になるかと感嘆するだろう。中共がどのように18大を乗り切るかは、人間でなく天が決めることである。

 王立軍事件の裏側

 2月2日、重慶市政府はマイクロブログ・微博の公式アカウントで、王立軍が今後、公安局長と党委員会書記を兼任せず、代わりに教育科学などの分野を管轄する副市長職に異動すると発表した。重慶で「暴力団撲滅」で名をはせた王立軍は突然、要職から閑職に追いやられたことによって、王立軍の政治生命が「窮境」に陥ったかと様々な憶測が飛び交っていた。

 これについて、薄煕来は2月3日、市の文会議で、「うわさを気にする必要はない。敵対勢力が情報と世論を利用して私たちを攻撃している。問題が生じるたびに必死にデマをねつ造する。その目的は民心を惑わそうとするためだ。この目に見えない戦場で、激しい攻防が繰り広げられている」と話した。

 これと同時に重慶政府は、王立軍を公安業務から外したのは通常な人事異動と称した。さらに、王立軍に対し「確固たる政治的立場を持ち、業務の趣旨や情勢をよく理解しており、業務に対する情熱と責任感が強い。そして原則を曲げず、公正に法律を履行する。自分に厳しく要求し、市民からの評判も良い」と高く評価したが、それとともに「唯一の欠点は、業務を遂行する時、急進的なところがある。時に他人を指摘するとき配慮が足りない」と指摘した。

 2月5日(日曜日)、王立軍は重慶師範大学病院で診察を受け、精神状態に異常がないと診断され、教育等の分野を担当することは自分にとって「とても良い勉強機会になる」と話した。王立軍はあたかも文化教育担当の副市長職を遂行していくように見えた。素直に異動を受け入れる、という彼の態度は、薄煕来らをだますことができた。しかし「確固たる政治的立場を持つ」とされる王立軍は驚くべき事件を計画していた。

 2月6日(月曜日)、いよいよ事件発生当日になった。王は重慶市で普段と変わりなく、新しい職場の幹部として正常に出勤して一日の業務を終えた。ところが、夜10時に突然、成都にある米総領事館に逃げ込んだ。そこに一日、滞在した。王立軍の領事館亡命未遂事件が発生した後、米国側は騒ぎ立てず控えめに対応していたため、王の総領事館滞在中の詳細は不明なままとなっていた。約1週間後、ワシントン・タイムズの著名記者ビル・ゲーツ氏は雑誌「ワシントン・フリー・ビーコン」にて、「米下院議会が王立軍亡命拒否事件を調査」を題とする長編記事を発表し、初めて王立軍が米総領事館滞在中の詳細を暴露した。

 同報道によれば、王立軍はこの日、女装して重慶市にある自宅から出て、車で成都へと向かったという。総領事館に到着する直前、電話で面談を要求し、領事館側はその要求を受け入れた。夜10時頃、王立軍は入館し、その後一日滞在した。この間、彼はピーター・ヘイモンド総領事と他の2人の職員に状況を説明した。

 ゲーツ記者は、「米政府関係者からの情報によると、王立軍が米領事館に、彼の上司である薄煕来の汚職問題及び暴力団と結託した問題を暴露した。それから中国政府が反体制派への弾圧にも言及した」と報じた。その後、ヘイモンド領事は北京の駐中米国ゲイリー·ロック大使に電話をかけた。ロック大使は直ちに国務省高級官僚に連絡を取って王立軍の亡命を許可し、領事館に留まらせるように提案した。しかし、ホワイトハウスは米中関係に影響を与えかねないと危惧し、ロック大使の提案を受け入れなかった。ちょうど習近平副主席が数日後に訪米するという時期と重なり、習は今秋に開かれる18大に中国最高指導者になる予定であった。

 ロック大使は後ほど、北京の高官と連絡を取った。中国側は国家安全部の要員を成都に派遣し、王立軍を北京に護送することに同意した。ゲーツ氏の記事によると、中国国家安全部の要員が領事館で王立軍を護送する時、領事館の外で待っている重慶市の幹部と激しく口論したという。重慶側は無理やり王立軍の身柄を引き取ろうとしたが、結局王立軍は国家安全部高官とともに北京に行って薄煕来を告発した。

 さらに、この米政府関係者によると、政治局常務委員で司法・公安を主管する中央政法委トップの周永康はその後しばらく薄煕来の代わりに重慶市で業務に当たったが、周は北京国家安全部に薄煕来の調査、逮捕を指示しなかったという。

 米政府は中国政府の上層部だけに知らせたのに、重慶側はなぜか情報を入手した。そして薄煕来が70台あまりの公安車両を派遣し、300キロも離れた成都まで追いかけて王立軍を捕らえようとしたことから、薄煕来は上層部メンバーの周永康と密接な関係にあると思われている。

 中国国内の情報によると、これまで中共の内部闘争が絶えず激しくなる一方で、周永康が薄煕来の「唱紅打黒」(革命ソングを歌い暴力団を撲滅する運動)を積極的に支持していたという。重要なのは、約13年にわたる法輪功に対する残酷な迫害が、江沢民と周永康を結びつける最も核心となす秘密である。胡・温政権が発足してからも、政法委系統はずっと江沢民勢力に掌握されている。六四天安門事件と法輪功弾圧の罪が問われないように、江沢民は前任者・羅幹の後任として周永康を政治局常務委員兼政法委書記に任命した。そこで薄煕来は江沢民に忠誠を示すために、遼寧省長、大連市長と重慶市長在任中、法輪功弾圧に積極的に加担したことから、周永康の最も有力な後任者として浮上した。さらに、薄煕来の「唱紅打黒」は江沢民派の容認を得ており、胡・温体制への反発だと見なされていた。

 
王立軍事件発生後、江派の実力者・周永康が直接重慶に行って薄煕来を保護した。法輪功弾圧に積極的に加担した薄煕来こそ周永康の最適な後任となる。(AFP/GettyImages)

2月7日夕方、米国領事館前の異常事態にネットユーザーは気づいた。中国国内のマイクロブログに成都米領事館周辺に大量の軍人と警官が配置され、「厳戒態勢だ」との現場写真が数多くアップされた。「通行禁止だが理由を尋ねてはいけない」「総領事館前に停まっているジープが警官に牽引された」などの現場情報が伝えられた。その後すぐ、今回の事件は重慶市元公安局長・王立軍と関連があると、一人のユーザーが伝えた。さらに「王立軍が成都駐在米国総領事館に駆込んで亡命を要求したが拒否された後、公安要員らに逮捕されて北京に移送された」と伝えた。この情報は瞬く間にネット上で広がった。

 2月8日、周永康は重慶に行って秘密裏に王立軍事件の対応に当たっていた。同日、全国裁判所の会議が重慶で開催され、中央政治局常務委員兼政法委書記の周永康が参加して重要指示を与えたと報道した。この時、薄煕来は重慶市視察団を率いて雲南省の昆明を視察していた。

 2月8日午前、重慶市政府は「王立軍副市長は、長期の過労により、精神が高度の緊張状態に陥り体調不良である。現在、休暇を取り治療中」と発表した。

 午後、中国外交部の定例記者会見で、王立軍亡命事件の事実関係を尋ねた記者の質問に対し、外交部スポークスマン劉為民は、重慶市政府がすでに関連情報を発表したので補足なしと答えた。中米両国はともに何のコメントもせず、事件は謎に包まれた。王立軍事件関連のキーワードは、ネットでもっとも注目されるキーワードとなった。

 また、同日午後、駐中国米大使館のスポークスマンは、王立軍政治亡命事件についてコメントする立場ではないと述べた。さらに、「7日に成都米領事館はいかなる脅迫も受けたことがなく、米国政府も総領事館のセキュリティ強化を要求していない」と明かした。

 2月9日明け方、米国務省の報道官によると、重慶市副市長・王立軍が成都の米総領事館に政治亡命を求めてきたが、米側関係者と面会した後に「自ら去った」と発表。

 9日午前、中共外交部副部長・崔天凱は王立軍の事件は「個別的案件」とし、「すで解決済み」と発表したた。

 夕方になって、王立軍が2月8日に国家安全部副部長の邱進らとともに成都から直接北京に移送された、との情報がネットで流れた。王立軍と邱進が搭乗した飛行機のフライト予約確認書もネットにアップされた。二人の座席番号や身分証明書の番号も記載されていた。資料によると、邱進はかつて共青団に勤めたことがあり、団派(胡錦涛派)に属している。国家安全部副部長でもある。薄煕来の人脈が中央紀律委員会には多いが、国家安全部にはないことから、王立軍の身柄が国家安全部へ引き渡されたのは、薄にとってとても不利なことである。その後も、ネット上で王が国家安全部の調査に積極的に協力したが、中央紀律委員会の調査を拒否したという情報が流れた。国家安全部はすでに王立軍事件を高レベルの機密とし、中央の指示で王立軍を北京に移送した邱進など7人の要員らでさえ、事件後外部との連絡が禁じられた。

 2月9日、各大手マイクロブログは、政府は王立軍事件に関する重要な通知があると予告した。深夜になって、中国外交部はようやく短いコメントを発表した。「王立軍が6日、成都の米領事館に駆け込み、一日滞在した後、退去した。関連部門は現在調査中」という内容であった。その後、王立軍事件に関する政府の発表はなかった。重慶側は相変らず「休暇を取り治療中」との説明を貫いていた。このような重大な政治事件に対して、中央と地方の説明にこれほど大きな食い違いがあったのは、中共政権奪取以来、初めてのことである。

 2月10日、重慶政府は薄煕来が雲南省視察のニュースを大々的に報道し、薄は滇池(てんち、雲南省昆明の湖)でハトに餌を与えている写真も掲載した。重慶日報は2千字もある長文の報道であるが、薄煕来が雲南のある部隊の歴史展示室を視察したことに一文で言及しただけである。だが、南京の「揚子晩報」や香港の「文彙報」など新聞社らはかえって、「薄煕来が雲南省の部隊の展示室を視察し、革命の先輩らを追慕」といった見出しで大々的に報道した。これによって薄煕来が軍事行動を取る用意があるのではないかとの憶測が広まり、中央と武装闘争を起こす可能性が示された。非公式情報筋によると、薄煕来が雲南駐在の14集団軍に彼の父親・薄一波の昔の部下がいるため視察したという。

 2月11日夕方、薄煕来が重慶に戻り、中国訪問中のカナダのスティーブン・ハーパー首相と会談した。伝えられたところ、薄は、会談後に重慶市長・黄奇帆とともに北京に緊急に呼び出しされて情況説明を求められたという。12日の重慶日報など地元メディアは、わずか数百字で薄煕来がハーパー首相と会談した内容を報道した。だが、薄煕来の写真の代わりにハーパー夫婦がパンダを抱いた写真が掲載され、薄煕来の身柄に関する憶測を呼んだ。翌日、重慶日報は薄煕来とハーパー首相とのツーショット写真を一枚追加した。見出しが大きくなり、記事の分量も増えた。情勢とともに移り変わったこの記事から、薄が地方勢力を利用して自らの権力を守ろうとしている姿を見て取れる。

 2月12日、薄煕来が重慶市常務委員会を招集し、「重慶の科学的発展を推進し、胡錦濤の『科学的発展観』に近づけるように」と意思表明した。薄煕来の発言から胡錦濤に降伏する意思が読み取れる。この会議は記者らの参加が禁止されたので、重慶衛星テレビが過去の録画を編集して報道したが、結局王立軍が画面に入っていたため再編集を余儀なくされた。

 同日に重慶政府が重慶市江津区書記の関海祥を解任し、別のポストに異動すると発表した。関海祥は団派(胡錦涛派)の代表者・李克強の秘書だった人物で、団派の劉延東の婿でもある。これは団派の関海祥に重慶公安局の権力を掌握させようとする意図である。胡錦涛は重慶に自分の味方を配置することで、薄煕来への宣戦布告でもある。

 2月13日、中共機関紙人民日報では「真と偽は地方官員の党に対する忠誠を反映する」といった社説を発表した。これによると、現在、一部の地方と機関では、偽の数字で偽の政治業績をでっち上げる現象が多く見受けられる。一部の地方の幹部は、与えられた役目を成し遂げず、出世のことばかり考える。また、権力への欲求や私利私欲に目がくらみ、上級幹部の機嫌取りに精を出している。庶民らの生活状況に関心を払っていない。この社説は、薄煕来側への警告と見なされている。

 (翻訳・王君宜)

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