【モンゴル「草点」便り】ホーミー「喉(のど)歌」の癒し

2006年08月10日 13時19分
 【大紀元日本8月10日】日本の故里演歌や民謡のこぶしは喉を震わせ唸らせ、その土地の原郷のおおらかな叙情を山河はるか彼方へと伝えます。モンゴル国の西北部の山岳地帯で発祥したといわれる喉歌は、その独特の発声方法によって驚異の歌唱法といわれるに相応しい唸りを、草原の天地に轟(とどろ)かすものです。

 喉歌は高い声と低い声を同時に喉の祠(ほこら)から、口蓋全体に反響(エコー:こだま)させて、舌頭旋転の渦先から重層的な声を迸(ほとばし)らせるのです。さらに上達すると中間音を明瞭に走らせて、三重(高・中・低)の音域の同時発声を自在に奏でるようになります。キラキラした癒しの微風が喉元のほこら(グロッタ:洞窟)で虹色に響鳴し、体の深層部から心身の原風景が立ち上がってくるのをいつしか覚えるのです。

 日本では「のど」について、喉笛を掻き切ると言うように・・・喉笛とも呼び習わしてきました。ホーミーの高音部の声をモンゴルの言葉でも「笛」と呼んでいます。モンゴルの山岳地帯の人々は、最高度に澄み切った笛の音を肉声によって表出することのできる不思議な歌唱法を編み出したのです。喉をテクニカルに笛のように扱って重層的な声を出す歌唱法が、ホーミーだとも言えるでしょう。

 ホーミーの重低音には低いだみ声をベースに、奥行きのある複雑な声の粒子が混沌と泡だって沸騰してくるような趣があります。高音部の笛のような声を唸り出す時には、左右いずれかの喉元の通路を閉じて気息の流れを絞って細くし(こうすることで高い音を出せるのです)、喉のほこらで響鳴させた声を息んで強く流し込み、舌頭を上の歯茎の土手の部分に軽くタッチして口蓋との間に作った小さなほこらの部屋でさらに共鳴させるのです。そして舌全体を前後左右に微かに揺らしてほこらの小部屋の容積を狭めたり拡げたりコントロールすると、高音部の声の調べに抑揚をつけて変化させることができます。

 ホーミーはラマ教以前のモンゴルの伝統的シャーマニズムと深く結び付いた歌唱法です。本来は聴衆に聞かせるものではなく、山や岩や湖や砂漠などに息づく自然霊を讃えるものとして誕生しました。ホーミーの声が山間部に響鳴すると、モンゴルの精霊が白鳥に喩えられる乗り物に姿を変えてやって来ます。上の世界と下の世界との調整を図る願いを白鳥に託して、ホーミーはなお一層高らかに奏でられるのです。

 私たちは自分の声を誰しも持っています。自分の声とは何でしょうか?喉元から発生する以前の、未生の自分の声に耳を傾けてみましょう。ホーミーの原郷である多様な声の母体が、名付けられ得ない風のように胸の中で鳴り響いています。私たちの声になる気息は喉元を過ぎると、単一の自分の声となって外界に躍り出て来ます。響鳴する声の母体から一つの声が、私たちの独自の声としてそこから引き出されて来るのです。単一の自分の声をホーミーのトレーニングによってプリズムのように虹色に分解すると、自分の声の故郷が普遍的で神聖な声の母体の風の中にあることに気づくことでしょう。ホーミーには母音も子音もありません。ホーミーは文化的な言語以前の「声音」を、生まれたままに外界に取り出します。

 ホーミーを奏でる喉元には仏が棲んでいます。そう喉仏のことです。ホーミーは喉にくつろぐ仏を覚<醒=声>させる未来的な声の技です。ホーミーによって自覚的な第二の変声期を人生において発現した人々が、やがてモンゴリアンロードに連なる日本に、そして世界に出現し人類が未だかつて経験したことのない、絶対一度の「オクターブ体験」を音楽界にもたらすかも知れません。それは喉歌によって神仏をヴィジョン体験する、モンゴルの新しいシャーマニズムの到来を告知するものです。

 その時ホーミーは地球を貫いて人類を癒す「喉(のど)歌」として、人類の平和の上に輝いていることでしょう。

(ヤポンバヤル)


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