印刷版   

(Creative Commons/Emran Kassim)

湘妃竹(涙竹)の悲しい由来

 【大紀元日本12月16日】中国湖南省の九嶷山に多く群生する湘妃竹(斑竹)は「涙竹」とも呼ばれ、その竹ざおには紅色の斑点がついている。胡弓を作る材料として有名なこの竹には、美しくも悲しい物語が伝わっている。

 言い伝えによると、尭舜(ぎょうしゅん)の時代、九嶷山には九匹の悪龍が住んでおり、それらがよく湘江で水遊びをするために、洪水が頻繁に引き起こされた。家屋の倒壊や農産物への被害で、そこに住む村人たちを苦しめた。これを知った舜帝は、南方にいって悪龍を退治し、民衆を助ける決意をした。

 舜帝は娥皇(がこう)と女英(じょえい)という2人の妃がいた。2人は享楽をむさぼらず、いつも庶民たちの生活に関心を持っていた。舜帝の長期の遠征を前に彼女たちは離別を悲しんだが、苦しむ湘江の民衆のことを思い、にこやかに舜帝を見送ることにした。

 舜帝が出発した後、2人は毎日、舜帝が悪龍を退治して早く家に帰ることを祈り続けた。しかし、季節が巡っても、舜帝は依然として帰らなかった。彼女たちはとても心配し、南方の湘江に行って夫を探すことにした。

 苦難の長旅を経て、娥皇と女英はやっと九嶷山にたどり着いた。そして、あらゆる所へ出向いては、舜帝を探し回った。ある日、彼女たちは「三峰石」にやって来た。青竹に囲まれた「三峰石」には、真珠が積まれた大きく壮麗な墓があり、横には3つの巨石がそびえ立っている。近くに住む村人にこの墓のことを尋ねると、舜帝の墓だという。村人によると、彼は悪龍を退治した後、不幸にも病死してしまった。湘江の人たちは舜帝の恩に感謝し、彼のために立派な墓を立てて埋葬した。九嶷山で生息する鶴たちも舜帝の行いに感動し、朝と晩に、南海から光り輝くまばゆい真珠を取ってきては、舜帝の墓の上に散らした。そのため、この様な真珠の墓になった。そして、舜帝が持っていた熊手型の武器を地面に挿し込むと、巨石になったという。これを聞いた2人は、互いに抱き合って大声で泣いた。彼女たちは9日9晩ずっと泣き続け、最後には涙を流しつくして血の涙を流し、舜帝のとなりで死んでしまった。

 青竹に落とした娥皇と女英の涙は、竹ざおの上で丸い点となり涙の斑点になった。紫や白、赤色の斑点があり、真っ赤な色は、彼女たちが流した血の涙であると言われている。

(翻訳編集・李頁)


 (10/12/16 07:00)  





■キーワード
湘妃竹  涙竹  尭舜