天の川で逢瀬

七夕の物語 彦星と織姫を引き合わせた鳥がいた

2006年07月06日 08時00分

 五節句の一つである七夕は、彦星(牽牛星・アルタイル)と織姫(織女星・ベガ)が年に一度だけ天の川で逢瀬を楽しむ、というロマンチックな話として広く知られている。日本で広く知られるこの伝説は奈良時代、中国から伝わった。

 奈良時代、中国から、「乞巧奠(きこうでん、「巧」は裁縫の上達の意)」と呼ばれる星祭りが日本に伝わった。これは、女子が裁縫の上達を願って、養蚕や針仕事を司る星とされる織女星に針や絹糸を供えたお祭りで、宮中の儀式として定着した。

 そして、このお祭りが、日本古来の、神様へ捧げる衣を織る「棚機女(たなばため)」に対する信仰と結びついて、現在の七夕になったといわれる。「七夕」を「シチセキ」と読まず、「タナバタ」と読むのはこのため。

 日本の七夕は、先祖が帰ってくる盆を迎えるにあたっての「禊ぎ(みそぎ)」の意味の伝統行事とされる。人里離れた水辺の機屋(はたや)で、神の妻となる処女が神を祭って一夜を過ごし、翌日七夕送りをして、穢れを神に託し持ち去ってもらう祓(はらえ)の行事であった。今でも七夕の夜に水浴びをしたり、井戸の底の泥を取り除く風習のある地方のもある。昔は笹飾りに現世の悪い事を移して流していたという。

彦星と織姫の逢瀬にかささぎが一役

 彦星(牽牛星・アルタイル)と織姫(織女星・ベガ)に、天の川に輝く白鳥座のデネブを加えた1等星のトライアングルが、有名な「夏の大三角」だが、7月7日は、日本の大部分はまだ梅雨の最中だ。

 これは、旧暦(太陰暦)から、国際的に使用されている新暦(太陽暦、グレゴリオ暦)に改暦され、七夕行事も新暦の7月7日に行なわれるようになったためである。旧暦の7月7日に行われていた七夕は、本来秋の行事であり、空には綺麗に天の川が見えていた。

 ところで、雨の七夕に関し、次のような話が伝えられている。「7月7日に雨が降ると、天の川の水かさが増し、織女は向こう岸に渡ることができなくなる。川下に上弦の月がかかっていても、つれない月の舟人は織女を渡らせてはくれない。牽牛と織女は天の川の東と西の岸辺にたたずみ、お互いに切ない思いを交しながら、川面を眺めて涙を流す。すると、そんな2人を見かねて、何処からともなくかささぎの群れが飛んできて、翼と翼を広げて天の川に橋をかけ、織女を牽牛のもとへ渡す手助けをしてくれる」。

 上弦の月とは半月のことで、太陰暦では7月7日は必ず上弦の月となるため、その形から織女と牽牛が乗る舟に見立てたようだ。

 夜空を見上げれば、昔の人々のイマジネーションの豊かさに感嘆することだろう。はたして今年は、彦星と織姫は天の川で無事に会う事ができるだろうか?

笹飾りには意味がある 願いを込めて…

七夕飾り(Mira Shashinski)
^