THE EPOCH TIMES

中国の発展には、共産党文化の解体が不可欠(1)

2008年01月07日 11時31分
 【大紀元日本1月7日】(編者注:大紀元時報社は、2004年の社説『九評共産党』(邦訳:『共産党についての九つの論評』博大書店)に続き、2006年9月から新社説『解体党文化』の発表を始め、2007年2月に博大出版社より同タイトルで出版された。それを受けて、2007年4月17日、博大出版社と大紀元時報社がニューヨークで「解体党文化」シンポジウムを開催した。次の論評は、同シンポジウムにおける新唐人テレビ局論説委員・李天笑氏の講演である。)

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 党文化に見られる三つの形式

 党文化とは一体何であろうか?もし、それが一種の文化であるというなら、党文化とは共産党が統治する環境下で生み出された文化だ。私たちは、文化には多くの定義があることを知っている。私が百科事典を調べてみたところ、500種以上あった。私は、大紀元時報が発表した『解体党文化』が、これについてよく書けていると思うのだが、それによると、党文化には三種類あるそうだ。

 第一種は、共産党が中国社会に強制的に注入した文化だ。第二種は、民衆が中共の暴政下で生み出した変異した文化だ。第三種は、古くからあるものの、共産党が包装し直したために腐敗した文化的な粕のようなものだ。この三種類が党文化の実態を構成しているのである。

 党文化には、「目に見えるもの」と「目に見えないもの」がある

 共産党が強制的に注入した文化は、目に見えるものである。例えば、職場でも、小学校から大学まで、そして大学院に入っても、「政治」の授業が行われる。それには、共産党が常に宣伝しているものや、江沢民の「三つの代表」などが含まれる。強制的に注入されるこれらを、皆はとても嫌っているが、これが目に見えるものだ。

 中共の暴政下で、生活の中で生まれた民衆の変異した文化は、目に見えないものであり、往々にして容易には察知できないものだ。身近な例を挙げると、最近趙本山(大陸の喜劇俳優)がニューヨークとロサンジェルスにやってきた。彼は毎年、春節のテレビ番組でコントをやっている。私は、ここでは彼が米国へ来てからの種々の風聞については触れるつもりはないが、ある学者などは、彼のコントは凡俗で下流であると切り捨てている。

 彼は、中国大陸では大衆受けしているのに、米国では散々な評価なのは、どうしてだろうか?中共は中華伝統文化と中国固有の道徳基準を破壊し、一種の捻じ曲がった意識を植え付け、文化的な真空状態を形成した。そのような真空の情況下では、人の醜悪な一面が大きくなる。大陸では、エロチックなパロディが花開いているし、今回趙本山は身体障害者、肥満者、精神病患者を風刺している。これらのものは、他人の苦痛の上に自己の快楽を置くものだ。中国大陸では、これが一種の社会的な風潮のようになっている。これは、中国共産党の指導下で、伝統文化が破壊されて以降生み出された直接的な悪しき結果だ。これが、変異した文化の現れの一つだ。

 もう一種は、最近米国で封切られた秦の始皇帝の映画に見ることができる。この映画をよく見てみると、一つの理があることが分かる。秦の始皇帝が殺人を犯しても筋が通っているというものだ。秦の始皇帝が殺人を犯しても筋が通っているのなら、共産党が殺人を犯しても同様に筋が通っていると言いたいのであろうか?「皇帝ならば、殺人を犯してもいい」、この映画はそんことを言っている。

 もう一つ、映画「満城尽帯黄金甲」(CURSE OF THE GOLDEN FLOWER)は、オスカーで受賞に至らなかったものだが、それは、古代皇室間の権力闘争と淫乱なエロスを宣揚している。それを大々的に宣伝したのである。

 その目的は明らかだ。中国のゴロツキ政治はこういったものに過ぎず、古代ではこうできたのだから、我々もそうしてもかまわないと言いたいのだ。このような状況下では、中国の本当の伝統文化の主流、例えば、皇帝の権限は天にあり、忠孝仁義、善悪に報いあり、などといったことは、全て避けて問われることはない。これがつまり、私が先ほど言った、古くからあるものの、共産党によって包装し直された党文化である。

 多くの中国人が、米国へ来て何年にもなるのに、パーティーで何気なく大陸の革命歌を口ずさむ。彼らは、他の歌が歌えない。別に貶しているわけではない。多くの人が無意識のうちにそうなってしまうのだ。私もまた同じだ。

 また、共産党に抗議する時、多くの人が「国際歌・インターナショナル」といった共産党の歌を歌っている。つまり、共産党の文化を用いて共産党を否定し、共産党が限定した柵の中で共産党に反対しているだけだ。これがつまり、中共の暴政下で生み出された変異した文化だ。

 以上の三種類が、中国の党文化を構成しているのである。

 (続く)

 (編者注:本講演内容は李天笑氏個人の観点であり、必ずしも大紀元日本の観点を代表するものではない。)

(翻訳・太玄)

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