THE EPOCH TIMES

中国古典舞踊の魅力①

2009年02月08日 05時29分
 【大紀元日本2月8日】

 万古の機縁、という言葉がある。

 無限の大宇宙からこの地球上に生を受け、時を同じくして生きる私たちは、それだけで天文学的な確率のもとに生まれた、貴重な、ともに愛すべき同胞なのである。

 人は、本来的には善なる素質をもって生まれてくる。だからこそ、生まれたばかりの嬰児は輝くほど美しい。ところが人間とは弱いもので、社会環境や教育が悪い場合、その「染め物甕」の中で黒く染められ、ただ欲望のまま悪業を積んで憚らないような、自然界の動物よりも低次元の生き物になってしまう。

 繰り返すが、それは決して人間のあるべき姿ではない。そのように堕ちてしまうことは、人間本来の使命に反する重大な背徳行為なのである。

 いまこそ迷いの中に徘徊する人類同胞を救わねばならぬ。そう決意して立ち上がった勇気ある人々がいる。それは美しい舞踊と清らかな音楽を「神授の剣」として、暗黒の闇を切り裂き、全世界へ光明をもたらす崇高なミッションである。

 まもなく来日するその名を「神韻芸術団(Divine Performing Arts)」という。

 中国伝統文化の源泉

 いま中国国内は、暴力と腐敗の極に達して大混乱に陥っている。ところが、その国を支配するものたちは、これを「科学的発展」の成果だと主張して、強引に自己正当化する。

 しかし、絶望的なほど荒廃した社会のなかで、人間の良心さえ捨てて生きねばならない今日の中国人は、おそらく中国史上のどの時代よりも不幸な境遇にあるのではないか。

 歴史を発展段階としか認識できない唯物史観者には知る由もなかろうが、中国の王朝時代と現代とを単純に比較すれば、少なくとも庶民が心安らかに生活できるという意味では、明らかに「昔のほうが良かった」のである。

 かつて彼の国には、唐朝(618~907)という中国史上最も輝かしい時代があった。

 その光に惹かれるように、日本からも、律令国家の基盤である唐律を自国に取り入れるため青年官人が大海を目指し、佛教文化の精華を学ぶため若き留学僧たちが荒波に命を預けた。彼の国もまた、それらの外国使節団を懐深く受け入れ、厚遇した。

 およそ国の繁栄は、文化の成熟度で測ることができる。唐朝は、漢民族を主とし儒佛道を基幹的思想としながらも異民族・異教徒には大いに寛容であり、まさに大人(たいじん)の風格をもつ王朝であった。

 国家の寛容こそが、文化の花咲く最良の土壌であることは言うまでもない。ゆえに唐朝は、見る影もない今日の中国とは対照的に、大輪の花のごとく絢爛たる文化を誇るのである。

 中国古典舞踊の精華

 「礼記」「論語」などの古書にも見られるように、古来より舞踊や音楽を重視し、一つの格式の域にまで高めた民族として、おそらく中国人は最も早いものの一つであろう。

 唐の玄宗は、宮廷舞楽の養成所である「梨園」を設け、自ら手がけてその養成にあたったことで知られる。

 なかでも玄宗が、夢に見た月宮殿での天人の舞楽にならって作ったと伝えられる舞曲「霓装羽衣曲(げいしょうういのきょく)」は(実際には西域伝来の曲であるらしいが)、皇帝自らが歌舞音曲を好んで庇護したことの典型であろう。霓装とは虹のように美しい天女の羽衣をさす。皇帝の高い要求を満たしたであろうその舞踊は、さぞや見事なものであったに違いない。

 日本人がまず思い浮かべる中国の芸能といえば京劇があるが、京劇とは、唐からはるかに時代が下った清朝のころの、北京を中心に隆盛した地方劇に過ぎない。

 従って、中国古典舞踊の「身法」と呼ばれる高度な身体運動を見て、「京劇に似ている」と日本人が思うのは時系列的に逆であり、京劇よりも中国古典舞踊のほうが、はるかに長い歴史と「身韻」すなわち深い味わいを内包していることを知るべきであろう。

 ましてや「オリンピックの体操と同じだ」というような理解では、せっかくの中国古典舞踊も台無しになる。この公演には、大いに知識を持ち、目の肥えた日本人観客として「神韻」を楽しみたいものである。

(②へ続く)


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