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「天安門の母」丁子霖さん(AFP)

天安門の母、今なお続く苦悩

 【大紀元日本5月31日】 1989年に政治改革を求める大学生の抗議運動が武力弾圧された「天安門事件」は今年6月4日に20周年を迎える。息子が射殺されたある母親はこのほど、VOAの取材を受け、長年にわたり中国当局に対し、息子の死に公正な釈明を求め続けてきた道のりを振り返った。

 中国当局によるこの武力弾圧でわが子が殺された多くの母親が後に「天安門の母」という組織を結成した。その発起人の一人、中国人民大学哲学学部の元教授・丁子霖さんは天安門の母たちと共に、天安門事件の真相を明らかにするよう中国当局に求め続けている。

 丁さんはこのほど、自宅で米国VOAの取材を受けた。その概要は次の通り。

 30万人の兵士が動員された、この武力弾圧事件は、独裁体制が作った悲劇であると示し、現体制に事件を正しく評価してもらうのは不可能であることを述べた。

 長年来、丁さんは息子の死に公正な釈明を求めるため、各方面に働き続けた。その間、逮捕されたり、秘密警察に尾行・監視されたり、罵倒されたりしてきたという。これまでに、自分は力を尽くして何を行ったのか、そのことは自身にとって最も重要であることを明らかにした。

 「事件はすでに20年も過ぎましたが、苦しみはまったく軽減されていません。ひいては老いていく自分にとって、この苦しみは年々強くなっています。人生の旅が終わるまでこれに耐えるしかありません」と心情を吐露した。

 取材中に、息子・蒋捷連さんが射殺された前後の経緯を詳細に語り、泣きながら、こう話した。「息子の死により、私が、共産党文化に造り上げられた愚かさから徐々に脱却することができ、一人の人間としての尊厳と良識を取り戻すことができました。息子の鮮血と命を代償にこれらを得られたと思うと、悲痛と慙愧がこみ上げてきます。いま、私にとって唯一できることは、力を尽くして行動することです。どんなな困難に直面しても、堅持し続けます」。

 同じ悲運に置かれている母親たちは互いに慰め、激励、支え合ってきた。メディアに訴えることによって、なんとか力を得て今日まで生きてこられた。外国メディアが母親たちの発言の機会を与えたことに、丁さんは感謝の意を表した。

 ほとんどの中国人はいまだに、20年前の6月4日に天安門広場で大勢の大学生が装甲車に踏み潰され、射殺されたということを知らないでいる。

 丁さんは、「一旦真相が明らかにされたそのとき、その反発力は恐らく計り知れないものである」と指摘した。

 
(翻訳編集・叶子)


 (09/05/31 12:34)  





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