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≪縁≫−ある日本人残留孤児の運命−(64) 文:飯塚正子
【大紀元日本8月21日】
独りで身の拠り所を探す
養父は行ってしまい、私は一人残され、自分で沙蘭屯に入らなければなりませんでした。私はゆっくり歩きながら、この家に来たときのことをつらつらと考えていました。養母は、王家屯にいた生母の元から私を引き取り、養女としました。その後今日まで、ずっとやむことのない嵐のような虐待と折檻を受け、生きるか死ぬかの試練の連続で、ついにはあわや「トンヤンシー」として趙家に売られるところでした。
思えば本当に不可思議なことですが、私はなぜあのような性悪な養母に出会うことになったのでしょうか。そんなことを考えているうちに、弟のことを思い出しました。弟は幸せ者で、彼の養母は彼をたいへんかわいがり、手をあげることなどありませんでした。
私は歩きながら思いにふけっているうちに、弟の趙全有の家の玄関口に着きました。家の灯りはもう消えていました。夜中にドアを叩いて家の人を起こすのもはばかられ、結局、後戻りして、沙蘭の大通りに出ました。
雨は相変わらず降っており、通りには誰一人いませんでした。私は一人沙蘭鎮の大通りを当てもなく東の方へと歩き続けました。東の橋に差し掛かったとき、沙蘭の小川のせせらぎが聞こえてきました。小川を見ると、学校が思い出されました。この川は学校の前を通って流れてきていたからです。私はすぐに身を翻して川を渡り、まっすぐに学校の方へと進みました。学校は休みで、門は閉じられ、誰もいませんでした。
そこで、私は校門の前にある大きな「しだれ柳」の前まで行きました。私はこの大木に寄り添いました。心ががらんとして寂しくなっていました。
私はこのしだれ柳にもたれかかっているうちに、足の力が抜けていきました。ここまでの道のりでは一切疲れを感じなかったのですが、今沙蘭まで戻ってきたものの身を寄せる所もなく、全身無力感に襲われ、柳の下に座り込んでしまいました。とても疲れを感じ、眠くもありました。
私は本当に、どこか乾いたところに横になってひと眠りしたいと思いましたが、どこもすべて雨でびっしょり濡れていて、乾いたところなどありませんでした。雨宿りをする所さえなく、この漆黒の闇の中でただただ雨に濡れながら休むしかなかったのです。
このような状況の中、私はいつの間にか眠りにつきました。夢の中で、私は生母と弟と一緒に逃げている情景を目にしていました。野宿の日々でしたが、当時は母がすぐそばにいました。しかし今は一人、雨の中、身を寄せる所もなく、一晩中雨に打たれ、全身びしょ濡れでした。「お母さん、私は今一人で逃げているの。本当に家が恋しい。日本に帰りたい。お姉さんとお婆さんにも会いたいの…」
それが夢なのか目が覚めていたのかもよくわかりませんでした。少し寒さを感じ、目を開けてみると、夜が明けかけていました。雨が降っているせいか、空はやはり暗かったのですが、しだれ柳の大木の前を流れる小川がはっきりと見えました。
私は身をかがめて見てみると、全身泥だらけだったので、すぐに小川に入り、頭を水につけて洗いすすぎました。その後、水の中でしゃがんだり立ったりして、服に付いた泥を洗い流しました。
夏とはいえ、降った雨で小川の水はずいぶん増水し、水の流れも速く、洗い終わって岸に上がってみると、とても寒く感じました。私はすぐに教室の軒下に身を寄せました。そこはしだれ柳の下よりも風を避けられたからです。
当時、私は全身ずぶ濡れで冷え切っており、また、そばには母も弟もおらず、とても孤独で寂しさを感じました。8歳のときと比べると、はるかに強くなっており、容易には泣かなくなっていましたが。
もしかしたら人は、そのような状況では知らず知らずのうちに家族を思いだすのかもしれません。私は往時のさまざまなことが思い出されました。母と一緒に船に乗って中国に向かったとき暴風雨に遭ったこと、母と父が噛んで含めるように、命を大切にして、いつの日か必ず日本に帰るようにと話したことなどが思い出されてきたのでした。
(続く)
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